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【第1回】老後資金を増やす前に、考えておかなければならないこと

第1回

全20回連載:「老後資金を増やす前に 介護で失わない家計のつくり方」

親の介護、自分たちの介護、仕事とお金
50代・60代が今から考えたい20の現実

■老後資金の話が、資産運用の話だけになっていませんか?

50代、60代になり、老後のお金について考え始める方が増えています。
 

年金はいくら受け取れるのか?
退職金はいくら残るのか?
NISAやiDeCoを活用した方がよいのか?
預貯金だけでは、物価上昇に対応できないのではないか?
 

どれも大切な問題です。
 

私もファイナンシャルプランナーとして、老後に向けた資産形成や家計管理は必要だと考えています。
 

しかし、老後資金を考えるときに、見落とされやすい大きな問題があります。

それが「介護」です。
 

あなたの老後資金計画には、次のことまで組み込まれているでしょうか?
 

・自分の両親の介護
・配偶者の両親の介護
・自分自身の介護
・配偶者の介護
・介護によって働き方が変わる可能性

 

老後資金を考える際には、年金や生活費だけでなく、家族の介護についても考える必要があります。

■介護は「お金が出ていく問題」だけではありません

親の介護について考えるとき、多くの方は、介護サービスや施設に支払う費用を思い浮かべるのではないでしょうか?
 

生命保険文化センターの2024年度調査によると、介護にかかった一時的な費用は平均47.2万円、毎月の費用は平均9万円、介護期間は平均4年7カ月です。

介護期間が4年を超えた人も約4割います。

もちろん、これはあくまで平均です。
 

在宅介護か施設介護か、要介護度、介護期間、親の年金や預貯金などによって、実際の負担は大きく異なります。

また、介護保険サービスの自己負担以外にも、次のような支出が発生する可能性があります。
 

・実家までの交通費や宿泊費
・通院や入退院への付き添い
・紙おむつや配食などの保険外費用
・住宅改修や介護用品の購入費
・空き家となった実家の維持費
・親の費用の一時的な立て替え

 

しかし、家計にとってさらに大きな問題となる可能性があるのが、介護による「収入の減少リスク」です。

参考:公益財団法人 生命保険文化センター
https://www.jili.or.jp/lifeplan/lifesecurity/1116.html

■支出の増加と収入の減少が同時に起こる可能性が...

親の通院同行やケアマネジャーとの打ち合わせ、入退院の手続き、緊急時の対応が必要になると、これまでどおりに働くことが難しくなる場合があります。

会社を辞めなかったとしても、次のような変化が起こるかもしれません。
 

・残業や休日出勤を減らす
・短時間勤務を選ぶ
・管理職や責任の重い役割を辞退する
・転勤や昇進を断る
・賞与や手当が減る

・学び直しや複業に使う時間を失う

厚生労働省の資料によると、2022年には家族の介護や看護を理由として約10万6千人が離職しています。

また、家族を介護しながら働いている人は、364万6千人に達しています。
 

介護離職をすると、給与がなくなるだけではありません。

厚生年金への加入期間、将来受け取る年金、退職金、再就職後の収入などにも影響する可能性があります。
 

つまり、親の介護が始まると、
 

「介護に関する支出が増える」ことに加えて、「働き方が変わり、収入が減る」という二つの問題が、同時に発生する可能性があるのです。
 

参考:厚生労働省「仕事と介護の両立支援」
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001435348.pdf

■中流家庭でも家計が急速に弱る可能性がある

一定の収入と預貯金があり、これまで安定して暮らしてきた家庭でも、準備のないまま親の介護が始まると、家計が次のように変化することがあります。
 

親の介護費用を、子どもが立て替える。
通院や見守りのために仕事を休み、収入が減る。
家族の中の一人に負担が集中し、心身ともに疲弊する。
「仕事と介護の両立は無理だ」と考え、会社を辞める。
生活費や住宅ローンを支払うため、預貯金を取り崩す。
NISAなどの積立を中止し、保有している金融商品も売却する。
再就職しても、以前と同じ収入には戻れない。

 

その結果、自分と配偶者の老後資金や介護資金まで不足していく。

こうした連鎖が続けば、中流家庭でも老後資金を急速に失い、将来的には公的支援が必要になるほど家計が弱る可能性があります。
 

経済産業省は、仕事をしながら家族を介護する人が2030年に約318万人となり、介護離職や労働生産性の低下などによる経済損失が、約9兆円に上ると試算しています。
 

介護は、家庭だけの問題ではありません。

本人のキャリア、企業経営、そして社会全体にも影響する問題なのです。
 

参考:経済産業省「仕事と介護の両立支援」
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kaigo/kaigo_guideline.html

■NISAなどによる資産運用の検討を否定しているわけではありません

ここで、誤解していただきたくないことがあります。

私は、NISAやiDeCoなどの資産形成の検討を否定しているわけではありません。
 

長期的な資産形成は、人生100年時代を生きるうえで重要な選択肢です。

ただし、資産運用は、人生の目的や将来必要となる資金を整理したうえで行う「手段」です。
 

何のためのお金なのか?
いつ使う可能性があるのか?
急に現金が必要になったとき、取り崩しても問題がないのか?
 

親の介護、自分たちの介護、これからの働き方を確認しないまま資産運用を始めると、本来は近い将来に必要となるお金まで運用に回してしまう可能性があります。

だからこそ、順番が大切です。
 

「老後資金を増やす前に、介護で失わない仕組みをつくる。」

これが、この連載を通して私がお伝えしたい中心的なメッセージです。

■私自身、両親の介護に直面して感じたこと

私は2023年3月から、私自身の両親の介護に直面しています。

介護や社会保障の制度を知っていても、ある程度の知識があっても、自分の家族の介護の問題になると、簡単にはことは運びません。
 

親にどのように話を切り出すのか?
病院や介護関係者とのやり取りを誰が行うのか?
仕事の予定をどう調整するのか?
家族の中で、誰がどこまで対応するのか?
親のお金について、どこまで確認してよいのか?

 

知識があることと、実際に家族として動けることは、別の問題だと痛感しました。
 

だからこそ私は、介護が始まってから慌てて対処するのではなく、親が元気なうちに、仕事・お金・家族関係を整理しておくことが必要だと考えています。

終活は、親に死の準備を迫ることではありません。
 

親がこれからも、どこで、誰と、どのように暮らしたいのかを聞き、もしものときに家族が困らないように、少しずつ確認していくことです。

■今日からできる最初の一歩

まずは、次の人たちの名前を紙に書き出してみてください。
 

・自分の父親、母親
・配偶者の父親、母親
・自分自身
・配偶者
 

すべての方が介護を必要とするとは限りません。
 

しかし、自分と配偶者の両親、自分たち夫婦まで含めれば、介護について考える対象は最大6人になり得ます。
 

そして、それぞれについて、次の三つを確認してみてください。
 

1.介護が必要になった場合、誰が最初に動くのか?
2.費用は、誰の年金や資産から支払うのか?
3.どこで、どのように暮らしたいと考えているのか?

 

答えが分からなくても問題ありません。
 

「分からないことに気づくこと」が、準備の第一歩です。

■これから全20回でお伝えすること

この連載では、次のようなテーマについて、全20回にわたってお伝えします。
 

・親の介護には実際にいくらかかるのか?
・介護離職が家計と将来の年金に与える影響は?
・親の介護費用を誰が負担するのか?
・兄弟姉妹で役割をどう分担するのか?
・親が元気なうちに確認したいことは?
・介護休業制度をどのように活用するのか?
・自分と配偶者の介護費用をどう準備するのか?
・介護資金と資産運用に回すお金をどう分けるのか?

 

老後資金を増やす方法を考える前に、介護によって人生と家計を壊さない準備を始めていきましょう。

■次回予告

第2回は、「あなたの老後資金計画に『親の介護』は入っていますか?」をテーマにお伝えします。

自分の両親と配偶者の両親の介護が、50代・60代の家計と働き方にどのような影響を与えるのかを、一緒に考えていきましょう。
 

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老後資金を考えるとき、年金やNISAなどの資産運用だけでなく、親の介護に伴う支出や収入減少、自分自身と配偶者の介護費用まで考えることが大切です。

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2026年07月28日 17:57

想定外の介護|第4回「トイレに行けない」だけではなかった。

第4回

排せつが一日の暮らしを変えていた

※この記事は、介護施設の対応を批判するものではありません。施設職員の方々が日々の生活を支え、家族が見えていなかった状況を丁寧に共有してくださったことで知ることができた、介護の現実をもとに構成しています。本人の尊厳と個人情報に配慮し、一部の表現を整えています。

「トイレまで連れて行けばよい」と思っていた

母について施設から連絡をいただいた時、私が特に驚いたのは、排せつに関する状況でした。
 

母は、自分からトイレに行くことがほとんどなくなり、職員の方から声をかけ、誘導していただく必要があるとのことでした。

父についても、長い距離を歩くことが難しく、排せつ後には毎回、状態を確認していただいていると聞きました。
 

私はそれまで、排せつ介助について、どこか単純に考えていたのかもしれません。
 

「一人で行けないなら、トイレまで付き添えばよい。」

「間に合わないなら、リハビリパンツやパットを使えばよい。」
 

その程度のイメージしか持っていませんでした。

ところが、実際の排せつ支援は、トイレまで連れて行けば終わるものではありませんでした。
 


トイレに行く前から、支援は始まっている

まず、本人が「トイレに行きたい」と気づけるとは限りません。

尿意や便意があっても、それをうまく言葉にできないことがあります。

トイレの場所が分かっていても、自分から立ち上がり、歩き始める行動につながらないこともあります。
 

家族から見ると、
 

「行きたいなら言ってくれればいいのに」

「トイレはすぐそこなのに」
 

と思ってしまうかもしれません。
 

しかし、認知機能や身体機能が低下すると、
 

排せつしたいという感覚を認識すること。
それを人に伝えること。
トイレへ行こうと判断すること。
立ち上がること。
安全に歩くこと。
 

その一つひとつが難しくなります。
 

つまり排せつ介助は、トイレの中だけで始まるのではありません。

本人の表情や動作を見ながら、適切な時間に声をかけるところから始まっているのです。
 


トイレまで歩けても、安心ではなかった

父母は、まったく歩けないわけではありません。

短い距離であれば、手すりや周囲の支えを使いながら歩けることもあります。
 

その姿だけを見ると、「まだ自分でトイレに行けるのではないか?」と思うかもしれません。
 

しかし、歩けることと、安全に排せつを終えられることは別です。
 

トイレまで間に合うのか?
途中で転倒しないか?
便座の前で方向転換できるか?
安全に腰を下ろせるか?
立ち上がることができるか?
衣類を上げ下げできるか?
 

排せつには、家族が想像する以上に多くの動作が必要です。
 

しかも、急いでいる時ほど転倒の危険は高まります。
 

「トイレまで歩けた」という一場面だけでは、生活全体が自立しているとは言えないのです。
 


排せつが終わった後にも、支援は続く

さらに私が想像できていなかったのは、排せつ後の対応でした。
 

排せつが終わったことを本人が理解できるか?
きれいに拭くことができるか?
汚れが残っていないか?
パットや衣類の交換が必要か?
皮膚に赤みやただれがないか?
 

こうした確認が、その都度必要になります。
 

適切に清潔を保てなければ、皮膚トラブルにつながることがあります。

本人が汚れに気づかないまま過ごしてしまえば、衣類だけでなく、椅子や寝具の交換が必要になることもあります。
 

つまり、一度の排せつが、
 

衣類の交換
身体の清拭
皮膚状態の確認
汚れた衣類や寝具の処理
室内の清掃
 

といった複数の対応につながることがあるのです。
 

「トイレに行けない」という短い言葉の裏側に、これほど多くの支援があるとは、私は十分に理解できていませんでした。
 


夜中にも、同じことが起こる

排せつは、家族や介護者の都合に合わせてくれるものではありません。

朝も、昼も、夜もあります。
 

家族が眠っている時間にも、トイレに行こうとすることがあります。
 

暗い部屋の中で一人で立ち上がり、転倒するかもしれません。

トイレの場所が分からず、別の場所へ行ってしまうかもしれません。

間に合わず、衣類や寝具の交換が必要になることもあります。

在宅介護であれば、そのたびに家族が起きて対応する可能性があります。
 

一度だけなら対応できるかもしれません。
 

しかし、それが毎日、何度も続いたらどうでしょうか。
 

排せつ介助は、本人の日常だけでなく、介護する家族の睡眠や体調、仕事にも影響します。

排せつが一日の暮らしを変えるというのは、本人だけの話ではないのです。
 


ポータブルトイレを置けば解決、でもなかった

自宅での介護を考えた時、居室内にポータブルトイレを置く方法があります。

トイレまでの距離を短くできるため、負担を減らすための大切な福祉用具です。
 

ただ、施設の方から教えていただいたのは、置けばそれだけで解決するわけではないということでした。
 

本人がポータブルトイレをトイレとして認識できるか?
安全に移動し、座ることができるか?
使用方法を覚えられるか?
使用後に衣類を整えられるか?
パットや皮膚の確認を誰が行うか?
排せつ物の処理や清掃を誰が行うか?
 

実際に使用するには、事前の練習や継続的な見守りが必要になる場合があります。
 

福祉用具は、置くだけで介護をなくすものではありません。

本人の状態と支える人の体制があって、初めて機能するのだと知りました。
 


施設だから起きているのではない

ここで、改めてお伝えしたいことがあります。
 

父母に起きている排せつの問題は、施設に入居しているから起きたものではありません。

身体機能や認知機能、病気、年齢による変化によって起きていることです。

自宅で暮らしていたとしても、同じことが起こる可能性があります。
 

施設では、職員の方々が、
 

時間を見ながら声をかける。
トイレまで安全に誘導する。
排せつ後の状態を確認する。
必要に応じて衣類やパットを交換する。
皮膚の異常に気づく。
夜間も見守る。
 

という支援を続けてくださっています。
 

家族が面会している短い時間には、その支援の多くは見えません。

しかし、その見えない支援があるからこそ、父母の一日が成り立っています。
 

施設職員の方から詳しく状況を伝えていただかなければ、私はその現実を知らないままだったと思います。
 


排せつは、本人の尊厳にも深く関わる

排せつの話は、家族でも話しにくいテーマです。
 

親に聞くことをためらう人もいるでしょう。

本人も、できなくなったことを知られたくないと思うかもしれません。
 

失敗したことを恥ずかしいと感じることもあるでしょう。

だからこそ、排せつ介助は単なる作業ではありません。
 

本人の恥ずかしさや自尊心に配慮しながら、必要な支援を行うことが求められます。

家族であれば簡単にできる、とも限りません。
 

親子だからこそ、本人が強く拒否することもあります。

介護する側も、戸惑いや抵抗感を持つことがあります。
 

「親の排せつ介助まで、自分にできるだろうか?」

そう感じても、それは決して冷たいことではありません。
 

排せつ介助は、身体的にも心理的にも負担の大きい支援だからです。
 


「うちの親はまだ大丈夫」と思っていても

親が一人でトイレに行っているように見える。

電話では、特に困っている様子がない。

面会では、椅子に座って普通に話している。
 

その姿だけを見ると、
 

「まだ介護は必要ない。」

「排せつは自分でできている。」
 

と思うかもしれません。
 

しかし、本当に一人で安全にできているのでしょうか?

トイレまで間に合っているのか?
衣類の汚れは増えていないか?
夜中に転倒していないか?
パットや下着を適切に交換できているか?
皮膚に赤みやただれがないか?
 

家族が見えていないだけで、本人が困っている可能性があります。
 

介護は、ある日突然「トイレに行けなくなる」だけではありません。
 

少しずつ間に合わなくなる。
歩くことが難しくなる。
声かけが必要になる。
確認や交換が増えていく。
 

その小さな変化が積み重なり、いつの間にか一日の暮らし全体を変えていきます。
 


想定外の介護は、日常の中に現れる

介護の想定外というと、救急搬送や入院のような大きな出来事を思い浮かべるかもしれません。
 

しかし実際には、もっと日常的な場面にも現れます。
 

トイレまで一人で行けない。
声をかけなければ排せつにつながらない。
衣類や寝具の交換が必要になる。
皮膚状態を毎回確認しなければならない。
夜間にも見守りが必要になる。
 

一つひとつは小さな出来事に見えるかもしれません。
 

でも、それが一日に何度も、毎日続く。

そこに介護の現実があります。
 

施設に入居していても、在宅で暮らしていても、親の身体や認知機能が変化すれば、同じ問題が起こる可能性があります。
 

私は父母の状況を知り、「トイレに行けない」という言葉だけでは、介護の現実をまったく理解できていなかった。

と感じました。
 

読者の皆さんにも、まずは知っていただきたいと思います。
 

排せつは、トイレの中だけの問題ではありません。

本人の移動、判断、清潔、皮膚状態、睡眠、そして家族の暮らしにまで影響するものです。
 

介護は一つの出来事ではなく、こうした想定外が、日常の中で次々と起こるものなのです。
 


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2026年07月25日 16:32

「今年の敬老会、何をしよう?」企画を職員だけで抱えないための3つの方法

連載⑨

レクが変わると、施設が変わる。

「今年の敬老会、何をしよう?」
 

介護施設では、そろそろそんな会話が出てくる時期ではないでしょうか?

敬老会は、利用者様への感謝や長寿をお祝いする大切な行事です。
 

だからこそ、

「去年と同じ内容でいいのだろうか?」
「今年は何か新しいことをしたい...。」
「利用者様にもっと喜んでいただきたい...。」

と、企画を担当する職員の皆さまが頭を悩ませることもあると思います。
 

一方で、日々の介護業務や記録、ご家族への対応などがある中、敬老会の企画・準備まで一部の職員だけで担うとなると、負担が大きくなりがちです。
 

大切なのは、

「良い敬老会にするために、職員がもっと頑張る」ことではないと思っています。
 

むしろ、

「職員の皆さまだけで抱え込まず、どうすれば施設全体で良い時間をつくれるか?」

という視点ではないでしょうか?
 

今回は、今年の敬老会を考えるうえで役立つ、3つの方法をご紹介します。
 


方法① 「何をやるか」より先に、「どんな時間にしたいか」を考える

敬老会の企画というと、最初に、
 

「歌にしようか?」
「ゲームにしようか?」
「演奏会をお願いしようか?」
 

と、内容から考えがちです。
 

でも、その前に考えていただきたいことがあります。
 

それは、「今年の敬老会で、利用者様にどんな気持ちになっていただきたいか?」ということです。
 

たとえば、
 

「みんなで笑える時間にしたい。」

「普段レクに参加されない方にも楽しんでいただきたい。」

「ご家族にも一緒に喜んでいただきたい。」

「いつもの日常とは少し違う、特別な時間を届けたい。」
 

目的が明確になると、企画の選び方も変わります。
 

「何をやるか」から考えるのではなく、「どんな体験を届けたいか?」から考える。

これが、企画を考えやすくする一つ目のポイントです。
 


方法② 一部の職員だけで考えず、「参加のアイデア」を集める

敬老会の企画が、毎年同じ担当者に集中していないでしょうか?
 

もちろん、担当者を決めることは必要です。
 

しかし、企画そのものまで一人、あるいは少人数で抱え込む必要はありません。
 

たとえば、
 

「利用者様が最近楽しそうにされていたことは?」

「ご家族から喜ばれた行事は?」

「普段あまりレクに参加されない方は、どんなことなら楽しめそう?」
 

と、職員の皆さまから少しずつ意見を集めるだけでも、企画のヒントになります。
 

さらに、施設によっては、ご家族や地域の方とのつながりを活かす方法もあります。
 

大切なのは、全員で会議を重ねることではありません。
 

一人の担当者がゼロから全部を考えなくてもいい仕組みをつくること。

それだけでも、心理的な負担は変わってくると思います。
 


方法③ 「施設内ですること」と「外部に任せること」を分ける

3つ目は、すべてを施設の中だけで完結させようとしないことです。
 

敬老会では、
 

企画
会場準備
飾り付け
司会進行
出し物
音響
写真撮影
利用者様の誘導
 

など、さまざまな役割があります。
 

これらをすべて職員の皆さまで担うと、当日までの準備だけでなく、当日も「楽しむ側」ではなく「運営する側」になってしまいます。
 

そこで考えたいのが、外部サービスを上手に活用するという選択肢です。
 

たとえば、演奏会、マジック、体操、パフォーマンスなど、施設の外にはさまざまな専門サービスがあります。
 

一部を外部に任せることで、職員の皆さまは、
 

利用者様の隣で一緒に笑う。
安心して参加できるように声をかける。
普段とは違う利用者様の表情を見る。
 

そんな、利用者様との関わりに時間を使いやすくなります。
 

外部レクを使うことは、施設の取り組みを減らすことではありません。
 

むしろ、

施設内で大切にしたいことに、職員の皆さまが集中するための方法の一つだと思います。
 


敬老会は「全員が同じことをする」必要はありません

敬老会を考えるときに、もう一つ大切にしたいことがあります。
 

それは、参加の形は、一人ひとり違っていいということです。
 

積極的に参加する方。

笑顔で見ている方。

拍手をする方。

職員と一緒にその場の雰囲気を楽しむ方。
 

利用者様の身体状況やその日の体調、気持ちはそれぞれ違います。
 

だからこそ、
 

「全員に何かをしてもらうイベント」

ではなく、
 

「それぞれの方法で楽しめるイベント」

という視点も大切です。
 

見るだけでも楽しい。

拍手だけでも参加できる。

少し興味があれば体験できる。
 

そうした選択肢のある企画は、幅広い利用者様が一緒に楽しみやすくなります。
 


「今年は少し特別にしたい」と思ったら

毎年の敬老会を大切に続けてきた施設だからこそ、「今年は少し違うことをしてみたい」と思うこともあるのではないでしょうか?
 

そのようなとき、選択肢の一つになるのが、外部の特別レクリエーションです。
 

演奏やマジックなど、さまざまな選択肢がありますが、最近私が介護施設との相性が良いと感じているものの一つに、室内で楽しめるサーカス型レクリエーションがあります。

見る楽しさがあり、拍手でも参加でき、希望される方は簡単な体験にも加われる。
「見る」と「参加する」の両方があることで、それぞれの利用者様に合った楽しみ方をつくりやすいのが特徴です。
 

ただし、大切なのは、「敬老会だからサーカスをやりましょう。」ということではありません。
 

施設によって利用者様も、会場も、予算も違います。

まず考えるべきなのは、「自分たちの施設では、今年どんな時間を届けたいのか?」ということだと思います。
 


今年の敬老会を考える「3つのチェック」

敬老会の準備を始める前に、ぜひ一度確認してみてください。

□ 1.今年、利用者様にどんな「体験」を届けたいか決まっていますか?

□ 2.企画や準備が、一部の職員だけに集中していませんか?

□ 3.施設内で行うことと、外部の力を活用することを分けて考えていますか?

一つでも「まだ考えていなかった」という項目があれば、今年の敬老会を見直すヒントになるかもしれません。
 


「秋の施設イベント30分無料相談」のご案内

今年の敬老会や秋のイベントについて、
 

「まだ企画が決まっていない。」

「毎年同じような内容になっている。」

「職員の企画・準備負担をできるだけ増やしたくない。」

「利用者様に少し特別な体験を届けたい。」
 

そんな施設様を対象に、

「秋の施設イベント30分無料相談」

を行っています。

施設の規模、利用者様の状況、会場、ご予算などを伺いながら、貴施設に合ったイベントの方向性を一緒に整理します。

室内サーカスありきのご相談ではありません。

まずは、利用者様にどのような時間を届けたいのか、一緒に考えるところから始めます。

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2026年07月20日 20:07

第3回 認知症の人を“問題行動”で見ない

第3回

行動の奥にある困りごと

認知症のある方と暮らしていると、家族が戸惑う場面は少なくありません。
 

「何度言っても同じことを聞いてくる」
「財布を盗られたと言い出す」
「家にいるのに『家に帰る』と言う」
「突然、怒ったような態度をとる」
「外に出て行こうとする」
 

こうした行動が続くと、家族は疲れてしまいます。
 

「どうしてこんなことをするのだろう」
「困った行動ばかりするようになった」
「以前の親とはまるで別人のようだ」

そう感じてしまうこともあるでしょう。
 

でも、ここで少し立ち止まって考えてみたいことがあります。
 

私たちから見れば「困った行動」に見えることも、本人から見れば、何かに困った結果として起きている行動なのかもしれない、ということです。
 

認知症の方を「問題行動をする人」として見るのではなく、「この人は今、何に困っているのだろう?」と考えてみる。

その視点が、本人への理解を深める大切な第一歩になります。
 


「何度も同じことを聞く」のは、困らせたいからではない

たとえば、こんな場面があります。
 

「今日、病院に行くんだっけ?」
 

家族が答えます。
 

「病院は明日だよ」
 

ところが、10分後。
 

「今日、病院に行くんだっけ?」
 

また同じ質問です。
 

さらに少しすると、

「病院は今日だったかな?」
 

家族としては、

「さっき言ったでしょ」
「何回同じことを聞くの?」

と言いたくなるかもしれません。
 

しかし、本人にとっては、10分前に質問したこと自体を覚えていない可能性があります。
 

さらに、

「病院はいつだっただろう」
「忘れてしまった」
「間違えたらどうしよう」

という不安を感じていることもあります。
 

本人は家族を困らせたくて何度も質問しているわけではありません。
不安だから確認している。

でも、その確認をしたこと自体を忘れてしまう。

そう考えると、見え方が少し変わってきます。
 

「何度も同じことを聞く人」ではなく、「予定が分からなくなり、不安になっている人」として見ることができるからです。
 


「財布を盗られた」には、不安が隠れているかもしれない

認知症のある方との生活で、家族がつらい思いをすることの一つに、

「財布を盗られた」
「通帳を誰かに持っていかれた」

と言われる場面があります。
 

特に、「あなたが盗ったんでしょう」と家族が疑われると、ショックを受けるでしょう。
 

「そんなわけないでしょ」
「自分でどこかに置いたんでしょう」
 

と強く否定したくなる気持ちも当然です。
 

でも、本人の立場から考えてみます。
 

確かにここに置いたはずの財布がない。

どこに置いたのか思い出せない。

自分が移動させた記憶もない。
 

本人からすると、

「あったはずのものが突然なくなった」という感覚なのかもしれません。
 

それは、とても不安なことです。

その不安を説明するために、

「誰かが持っていったのではないか」

という考えにつながっている可能性があります。
 

そんな時、

「盗ってない!」
「また自分でなくしたんでしょう!」

と否定するだけでは、本人の不安は消えません。
 

まずは、「財布が見つからなくて心配なんですね」「一緒に探してみましょうか」

と、本人の不安に寄り添う。

そして一緒に探す。
 

大切なのは、「誰が正しいか」を決着させることよりも、本人が感じている不安を少しでも和らげることです。
 


「家に帰りたい」は、住所の話だけではないかもしれない

自宅にいるのに、「そろそろ家に帰ります」と言う方もいます。
 

家族は驚きます。

「ここが家だよ」
 

そう説明しても、「違う。私の家はここじゃない」と言われることがあります。
 

家族としては、「自分の家なのに、どうして分からないの?」と思うでしょう。
 

でも、「家に帰りたい」という言葉が、必ずしも住所としての家を意味しているとは限りません。
 

その人が求めているのは、

安心できる場所。
自分の役割があった場所。
若い頃に家族と暮らしていた場所。
 

そうした「安心できた時代」や「安心できる感覚」なのかもしれません。
 

「ここが家です」

と正しさを伝えるだけでは、その不安は解消しないことがあります。
 

「帰りたいんですね」
「どんなお家でしたか?」
「少しお茶を飲んでから考えましょうか」
 

そんなふうに気持ちを受け止めることで、落ち着くこともあります。
 


怒りの奥には、「分からない怖さ」があるかもしれない

認知症のある方が、突然怒ったように見えることがあります。
 

着替えを勧めたら怒った。
お風呂に誘ったら拒否された。
介助しようとしたら手を払われた。
 

周囲から見ると、「なぜそんなに怒るのだろう」と思います。
 

しかし、本人には何が起きているのでしょうか。
 

知らない人が突然近づいてきたように感じた。
なぜ服を脱がなければならないのか分からない。
これから何をされるのか分からない。
自分の意思を無視されたように感じた。
 

もし私たちが同じ状況になったら、怖くなり、抵抗するかもしれません。
 

本人の「怒り」や「拒否」は、
 

「怖い」
「分からない」
「やめてほしい」

 

という気持ちの表現かもしれないのです。
 

行動だけを見るのではなく、その奥にある感情を想像してみることが大切です。
 


「徘徊」という言葉の前に、本人の目的を考えてみる

認知症のある方が一人で外に出てしまうことがあります。

家族にとっては、事故や行方不明につながる可能性もあり、大きな心配です。
 

安全対策はもちろん必要です。
 

ただ、
 

「また勝手に出て行った」
「意味もなく歩き回っている」
 

と決めつける前に、「どこへ行こうとしているのだろう?」と考えてみることも重要です。
 

会社に行こうとしている。
子どもを迎えに行こうとしている。
買い物に行かなければと思っている。
自分の家に帰ろうとしている。
 

本人の中では、何らかの目的がある場合があります。
 

その目的が、現在の状況とは一致していなくても、本人にとっては意味のある行動なのです。
 

「なぜそんなことをするのか」ではなく、「何をしようとしているのか」と考える。

この問いが、本人理解のヒントになります。
 


行動には、必ず理由があるとは限らない。でも、背景を探す価値はある

もちろん、認知症の方のすべての行動について、明確な理由が分かるわけではありません。

本人自身もうまく説明できないことがあります。
 

それでも、
 

体調が悪くないか。
眠れているか。
お腹が空いていないか。
トイレに行きたいのではないか。
暑くないか、寒くないか。
周囲が騒がしくないか。
不安なことはないか。
急かされていないか。
 

こうしたことを一つずつ考えてみると、行動の背景が見えてくることがあります。
 

「認知症だから仕方がない」で終わらせず、「何か理由があるのかもしれない」と考えてみる。

それだけでも、本人への接し方は変わってきます。
 


家族が疲れている時は、一人で解決しようとしない

ここで忘れてはいけないのが、家族の負担です。
 

毎日のように同じ質問をされる。
物を盗ったと疑われる。
夜中に起こされる。
外出を心配し続ける。
 

どれほど本人の気持ちを理解しようと思っても、家族にも限界があります。

いつでも穏やかに対応できるわけではありません。
 

イライラすることもあります。
強い口調になることもあります。
「もう無理」と思うこともあります。
 

そんな自分を責めすぎないでください。

大切なのは、家族だけで抱え込まないことです。
 

地域包括支援センターや医療機関、ケアマネジャー、介護サービスなどに相談し、

「最近、このような行動が増えて困っている」

と具体的に伝えることが、支援につながる第一歩です。
 

本人の行動を理解することと、家族が我慢し続けることは同じではありません。
 

本人も支える。
家族も支える。

両方が必要です。
 


「問題のある人」から「困っている人」へ

認知症のある方の行動だけを見ると、「困った人だ」と思ってしまうことがあります。
 

でも視点を少し変えて、「この人は今、困っているのではないか」と考えてみる。
 

同じ質問を繰り返す人ではなく、

不安を抱えている人。

財布を盗られたと言う人ではなく、
大切な物が見つからず心細い人。
 

家に帰りたいと言う人ではなく、
安心できる場所を求めている人。

怒っている人ではなく、
何をされるのか分からず怖がっている人。
 

こうして見ると、私たちの声のかけ方も変わってきます。
 

認知症への理解とは、症状の名前を覚えることだけではありません。
 

目の前の行動の奥に、「どんな困りごとがあるのだろう」と想像してみること。

そこから、本当の意味での「寄り添う」が始まるのではないでしょうか。
 


今日の小さな一歩

認知症のある方の行動に戸惑った時、すぐに、「どうしてこんなことをするの?」と考える代わりに、一度だけ問いを変えてみてください。
 

「この人は今、何に困っているのだろう?」
 

不安なのかもしれない。
分からないのかもしれない。
怖いのかもしれない。
何かを伝えたいのかもしれない。
 

すぐに答えが見つからなくても構いません。
 

「問題行動」と決めつける前に、その人の世界を少し想像してみる。

その小さな視点の変化が、本人との関係を変える一歩になるかもしれません。
 

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2026年07月17日 17:02

想定外の介護|第3回母だけではなかった。父にも、家族が見えていなかった変化が起きていた

第3回

母だけではなかった。父にも、家族が見えていなかった変化が起きていた

排せつ、インスリン、服薬、入浴、そして突然の急変―施設でも在宅でも起こりうる介護の現実

※この記事は、介護施設の対応を批判するものではありません。日々、父母の生活を支えてくださっている施設職員の方から丁寧に状況を共有いただいたことで、家族が初めて知ることのできた介護の現実をもとに書いています。本人の尊厳と個人情報に配慮し、一部の表現を整えています。

母の状態に驚いていた私に、もう一つの連絡が届いた

前回の記事では、特養に入居している母について書きました。
 

面会時の母は、表面的には元気そうに見えました。

表情は穏やかで、こちらの問いかけにも反応してくれました。
 

私は正直なところ、「思っていたより元気そうだ」「施設で落ち着いて過ごせているのかもしれない」と、少し安心していました。
 

ところが、施設の方から日常生活の状況を詳しく教えていただき、母の生活力の低下が、私の想像以上に進んでいたことを知りました。
 

自分からトイレに行くことが難しくなっている
声かけや誘導が必要になっている
歩ける距離も短くなっている

面会で見えていた姿と、日々の生活の現実は違っていました。
 

私は、母の状態について考えていました。

ところが、その後、父についても新たな情報が入りました。
 

私は、再び言葉を失いました。

母だけではなかったのです。

父にもまた、私たち家族が見えていなかった変化が起きていました。

父は「まだ大丈夫」ではなかった

父にも、排せつに関する支援が必要になっていました。

長い距離を歩くことは難しくなり、排せつ後には毎回の確認が必要になっているとのことでした。
 

きちんと確認や清潔保持を行わなければ、皮膚が赤くなったり、ただれたりする可能性があります。


排せつの支援というと、私はどこかで、「トイレまで連れて行けばよい」「パットを交換すればよい」

という程度に考えていたのかもしれません。
 

しかし、現実はそれほど単純ではありません。
 

トイレまで安全に移動できるか?
排せつが終わったことを理解できるか?
衣類を整えられるか?
汚れが残っていないか?
皮膚に異常がないか?
 

一度対応すれば終わりではなく、その都度、確認する必要があるのですね。
 

仮に家族が在宅で介護するとすれば、こうした対応が、朝も昼も夜も生活の中に入ってくる可能性があります。

毎日11時30分に必要なインスリン注射

さらに父には、糖尿病の持病があるため、毎日11時30分にインスリン注射が必要です。

しかも、父自身では注射を行うことができません。
 

介護というと、食事や歩行、排せつ、入浴など、日常生活の手伝いを思い浮かべる方が多いと思います。

しかし、実際には、医療に関わる対応が日常生活の中に組み込まれることがあります。
 

しかも、インスリンは、「今日は忙しいから後で」「家族が帰宅してから」「時間のある時に」というわけにはいきません。

決められた時刻が来れば、時間通りに対応しなければなりません。
 

施設では、職員の方々が時間を確認しながら対応してくださっています。
 

もし在宅で介護していたら。

誰が11時30分に対応するのか?
仕事をしている家族はどうするのか?
一人になる時間帯はどうするのか?
 

その現実を、私は正直十分に認識ができておらず任せっきりになっていました。

薬は、置いておけば飲めるものではなかった

父の内服薬には、食事の前に飲む薬と、食事の後に飲む薬がありました。

これも毎回の確認が必要だと教えていただきました。
 

薬を用意しておけば、自分で飲んでくれる。

家族は、そう考えてしまうことがあります。
 

しかし実際には、
 

飲んだかどうかを忘れる。
食前と食後の薬を間違える。
薬が目の前にあっても、飲む行動につながらない。
飲んだつもりになっている。
 

そうしたことが起こり得ます。

会話ができることと、薬を正しく管理できることは同じではありません。
 

「自分でできる」と本人が話していても、実際には誰かの確認が必要になっていることがあります。

ここにも、家族には見えにくい介護の現実であり、しっかりと認識する必要性をあらためて感じました。

入浴は、浴室へ連れて行けば終わりではない

父は、声のかけ方や対応の仕方によっては、入浴を拒否することがあるそうです。
 

「面倒だから今日は入らない。」
 

本人にそう言われた場合、強く勧めれば反発するかもしれません。

そのまま受け入れれば、入浴できない日が続くかもしれません。
 

どのタイミングで声をかけるのか?
どんな言葉を使うのか?
誰が声をかけるのか?
本人の気分や体調はどうか?
 

施設職員の方は、父の様子を見ながら、入浴につながるよう工夫してくださっていました。

家族から見れば、「お風呂に入ってもらう」という一つの出来事です。
 

しかし、その一つの出来事の前には、本人の気持ちを読み、拒否を強めないように働きかける、細やかな対応が必要になります。

在宅介護でも、同じことは起こり得ます。
 

家族だから素直に応じてくれるとは限りません。

むしろ家族だからこそ、強く反発されることもあるのだと思います。

朝は普通だった父が、数時間後には危険な状態に

私が最も驚いたのは、父の急変の予兆があったことでした。
 

ある日の朝食時、父には特に目立った症状がなかったそうです。
 

ところが、その日の10時頃、間質性肺炎の急性増悪が起こったとのことでした。

酸素飽和度が大きく下がり、一時的に危険な状態になったと教えていただきました。
 

朝食を食べていた時には、普段と大きく変わらなかった。

それなのに、わずか数時間後には、最悪の場合命に関わりかねない状態になっていたのです。
 

私は介護について、それなりに理解しているつもりでした。

父が間質性肺炎であることも知っていました。
 

それでも、

「朝はいつもどおりだったのに、数時間後には危険な状態になる。」

という現実を、最近は具体的には想像できていませんでした。
 

介護では、「さっきまで大丈夫だった。」が通用しないことがあります。
 

昨日できていたことが、今日はできない。
朝は落ち着いていたのに、昼には急変する。
一つの問題が落ち着いたと思ったら、別の問題が出てくる。
 

介護は、一つの出来事ではなく、想定外が次々と起こるものなのだと、改めて感じました。

施設にいるから起きたことではない

ここで誤解していただきたくないのは、これらの出来事が、施設に入居しているから起きたわけではないということです。
 

排せつの問題
インスリン注射
食前・食後の服薬確認
入浴拒否
突然の体調悪化
 

これらは、父の病気や身体機能、認知機能、生活力の変化によって起きていることです。
 

自宅で暮らしていたとしても、同じことが起こる可能性があります。

施設では、その一つひとつを職員の方々が見守り、対応してくださっています。
 

決まった時間にインスリンを行う。
薬が正しく飲めているか確認する。
排せつ後の状態を見る。
皮膚の変化に気づく。
入浴を拒否した時に、言葉やタイミングを変えて働きかける。
急変時に酸素の状態を確認し、必要な対応を取る。
 

施設の方から教えていただかなければ、私は父が日常生活の中でどれほど多くの支援を受けているのかを知りませんでした。
 

施設に入っているから大丈夫なのではありません。

施設の方々が日々対応してくださっているから、父母の生活が成り立っているのです。

面会だけでは分からない、二人の生活

面会では、父も母も、比較的落ち着いて見えることがあります。
 

会話ができる。
椅子に座っている。
こちらを見て反応してくれる。
 

そうした姿を見ると、家族は安心します。

でも、面会の時間は、父母の一日のごく一部です。
 

面会が終わった後には、
 

排せつがある
薬を飲む時間がある
インスリンの時間がある
入浴への声かけがある
夜間の見守りがある
突然の体調変化があるかもしれない
 

家族が見ていない時間の中に、介護の現実があります。
 

母の状態に驚いた後、父についても詳しい状況を知り、私はこう思いました。

「見えていなかったのは、母だけではなかった。」

父も母も、それぞれ違う形で、私が想像していた以上の支援を必要としていました。

「うちの親は大丈夫」は、何を見て判断しているのか?

親と電話で話した。
声は元気だった。

面会に行った。
受け答えもできた。

一人で歩いていた。
食事も食べていた。
 

そうした姿から、「まだ大丈夫」「介護はもう少し先」「そこまで状態は悪くない」と判断してしまうことがあります。
 

しかし、本当に見なければならないのは、表面的な受け答えだけではありません。
 

トイレに自分から行けているのか?
薬を正しく飲めているのか?
食事の前後を理解できているのか?
入浴や着替えができているのか?
一人の時間に急変したら対応できるのか?
 

家族が知らないだけで、すでに支援が必要な状態になっていることがあります。
 

読者の皆さんの親御さんにも、まだ見えていない変化があるかもしれません。

介護は、想定外が一度起きて終わるものではない

母の生活力の低下を知った時、私は驚きました。
 

しかし、それで終わりではありませんでした。
 

父にもまた、排せつ、インスリン、服薬、入浴、急変という、別の想定外が起きていました。
 

介護は、一つの大きな出来事が起きて、それを解決すれば終わるものではありません。

一つの問題に対応している間に、別の問題が現れる。
 

親の身体機能が変わる
認知機能が変わる
必要な医療が増える
家族が判断を求められる

 

しかも、父と母が同時に、それぞれ違う課題を抱えることもあります。

これこそが、私がこの連載で伝えたい「想定外の介護」の現実です。
 

不安をあおりたいわけではありません。
 

ただ、
 

そんなことも起こるのか?
施設にいても、これほど多くの対応が必要なのか?
在宅であれば、それらのことを家族が担う可能性もあるのか?
うちの親も、見えていないだけかもしれない?
 

と、一度立ち止まって考えていただきたいのです。
 

親の介護準備は、何か重大な決断をするところから始まるとは限りません。
 

まずは、今の親の生活を、家族がどこまで知っているのか?

そこに気づくことが、最初の一歩なのだと思います。
 

私が作成した「親が倒れる前の介護準備チェックシート」では、健康・医療、介護・暮らし、お金・資産、家族の役割、終末期・終活、親への切り出し方まで、30項目で確認できるようにしています。
 

「まだ大丈夫」と思っている今だからこそ、家族が慌てないために、親が元気なうちに現状の確認と整理するところから始めてみませんか?
 

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2026年07月13日 19:01

【第3回】急な入院・転倒・認知症は、ある日突然やってくる

第3回

さいたま市で親の介護が心配になったら読む話

急な入院・介護で家族が慌てないためのやさしい準備

「親の介護は、まだ先のことだと思っていました。」

実際に親の介護や支援が必要になったご家族から、よく聞く言葉です。
私もそうでした。
 

昨日までは普通に暮らしていた。
少し足腰は弱ってきたけれど、まだ一人で生活できていた。
物忘れはあっても、年齢相応だと思っていた。
病院には通っていたけれど、すぐに大きな変化が起きるとは思っていなかった。
 

そんな中で、ある日突然、家族の状況が変わることがあります。
 

転倒して骨折した。
肺炎で入院した。
救急搬送された。
受診したら認知症の疑いを指摘された。
退院後、一人暮らしを続けるのが難しくなった。
 

介護は、「いつか来る」ものではあっても、その始まり方は、案外とても突然です。

だからこそ、親がまだ元気なうちから、少しずつ準備しておくことが大切なのです。

介護は「ある日から急に現実になる」

介護という言葉を聞くと、多くの方は、少しずつ状態が悪くなっていくイメージを持つかもしれません。
 

もちろん、そのようなケースもあります。
 

けれど実際には、「昨日までは普通だったのに」「先週までは一人で買い物に行けていたのに」という形で、急に家族の生活が変わることも少なくありません。
 

たとえば、転倒です。
 

家の中でつまずいた。
段差で足を取られた。
夜中にトイレへ行く途中で転んだ。
雨の日に外で滑った。
 

その結果、骨折して入院し、それをきっかけに歩く力が落ちてしまう。

退院しても、以前のように一人で生活するのが難しくなる。
そこから介護保険や福祉サービスの利用を考えることになる。
 

このように、介護の入口は、必ずしも大きな病気だけではありません。

ちょっとした転倒や、体調不良、軽い物忘れがきっかけになって、家族の対応が一気に必要になることがあります。

急な入院で家族が最初に困ること

急な入院が起きた時、家族は気持ちの面でも大きく動揺します。
 

しかし、それと同時に、現実的な対応もしなければなりません。
 

病院から連絡が来る。
必要な持ち物を求められる。
今後の見通しを聞かれる。
退院後の生活を考える必要が出てくる。
 

この時、家族が最初に困りやすいのは、次のようなことです。
 

・かかりつけ医はどこか?
・持病は何か?
・飲んでいる薬は何か?
・お薬手帳はどこにあるか?
・保険証や診察券はどこにあるか?
・緊急連絡先は誰か?
・本人はどのような生活を望んでいるのか?
・退院後、誰がどう支えるのか?
 

もしこれらが分からないと、家族は医療的な説明を受けながら、同時に情報探しもしなければなりません。
 

親が元気なうちは、つい後回しになりがちなことですが、いざという時に慌てないためには、こうした基本情報を少しずつ整理しておくことが、とても大切です。

認知症も「ある日突然始まった」ように感じることがある

認知症も、実際には少しずつ進んでいくことが多いものです。

ただ、家族にとっては、「ある日突然、今までと違う」と感じる瞬間があります。
 

たとえば、
 

何度も同じ話をするようになった。
薬の飲み忘れが増えた。
通院日を間違えるようになった。
冷蔵庫の中に同じものがたくさん入っていた。
お金の管理が曖昧になってきた。
以前はきちんとしていた人が、急に片付けが苦手になった。
約束を忘れることが増えた。

 

こうした変化は、一つひとつを見ると小さなことかもしれません。

でも、家族が「何かおかしい」と感じる時には、すでに日常生活の中で困りごとが始まっていることもあります。
 

認知症に限らず、親の変化は、「もっとはっきり困ってから」ではなく、「少し気になる」段階で目を向けることが大切です。

問題は『起きること』より『備えていないこと』

ここでお伝えしたいのは、「急な入院や転倒、認知症が怖い」ということではありません。
 

年齢を重ねれば、体調や生活に変化が起こるのは自然なことです。

大事なのは、変化そのものを恐れることではなく、何も知らないまま、その時を迎えてしまうことです。
 

本当に家族が大変になるのは、出来事そのもの以上に、「何をすればいいか分からない。」

「どこに相談すればいいか分からない。」
「親の希望が分からない。」
「家族で共有できていない。」

という状態です。
 

だからこそ、介護準備や終活は、『最悪の事態を想定するため』ではなく、『急な変化に慌てないため』の準備なのです。

今からできる備えは、難しいことではありません

では、何を準備しておけばよいのでしょうか?
 

難しいことを一気にやる必要はありません。まずは、できることからで大丈夫です。
 

たとえば、

1. 緊急時に必要な情報を確認する

  • かかりつけ医

  • 持病

  • 飲んでいる薬

  • お薬手帳の場所

  • 保険証・診察券の場所

  • 緊急連絡先

2. 家の中の危険に目を向ける

  • 段差が多くないか?

  • 夜の移動が危なくないか?

  • 手すりが必要そうな場所はないか?

  • 転びやすいマットやコードがないか?

3. 親の最近の変化を見ておく

  • 以前より疲れやすくなっていないか?

  • 歩くスピードが落ちていないか?

  • 服薬や通院管理が怪しくなっていないか?

  • 金銭管理や買い物の様子に変化はないか?

4. 相談先を知っておく

  • 親の住んでいる地域のシニアサポートセンター

  • 自分の住んでいる地域の相談先

  • 必要に応じて相談できる医療機関や専門機関

これだけでも、急な変化が起きた時の安心感は大きく違います。

家族だけで抱え込まないために

親に何か起きた時、多くの方はまず「自分が何とかしなければ」と思います。
 

もちろん、その気持ちはとても自然です。
親を大切に思うからこそ、そう考えるのだと思います。
 

ただ、介護や支援の問題は、家族だけで抱え込むほど苦しくなります。

特に急な入院や認知症の疑いが出た時は、家族の気持ちが追いつかないまま、手続きや判断が必要になることもあります。
 

そんな時に大切なのが、早めに相談することです。

さいたま市には、地域の高齢者やその家族の相談窓口として、シニアサポートセンターがあります。

介護が本格的に始まってからではなく、「少し心配だな」「そろそろ備えておいた方がいいかもしれない」
という段階で相談先を知っておくことは、とても大きな安心につながります。

「まだ早い」ではなく「今だからこそ」

介護準備や終活の話をすると、「まだ早いですよ」「元気なうちからそんな話をするのは気が引ける」という声を聞くことがあります。
 

でも、本当に準備しやすいのは、まさに『今』です。
 

親が元気だからこそ話せることがあります。
親が自分の希望を言えるうちだからこそ確認できることがあります。

大きな出来事が起きていない今だからこそ、落ち着いて整理できます。

何かが起きてからでは、心にも時間にも余裕がなくなります。
 

だからこそ、

「何も起きていない今」
「まだ元気な今」
「まだ相談するほどではないと思う今」

こそ、準備を始めるのにちょうどよいタイミングです。

今日からできる小さな一歩

今日からできる小さな一歩として、おすすめしたいのは次の3つです。
 

1つ目は、親の通院先とかかりつけ医を確認すること。
2つ目は、お薬手帳や保険証の場所を把握すること。
3つ目は、親の住む地域のシニアサポートセンターを調べておくこと。

 

そして、もし余裕があれば、「最近、困っていることはない?」「何かあった時、誰に連絡したらいいかな?」と、やさしく聞いてみてください。
 

介護準備は、重たい話から始める必要はありません。
親の暮らしを大切にするための、やさしい確認からで十分です。
 

急な入院・転倒・認知症は、ある日突然やってくることがあります。
でも、家族が少し備えておくだけで、その『突然』は、少しやわらげることができます。
 

親も子も、慌てすぎずにすむように。
そのための準備を、今から少しずつ始めていきましょう。
 

親も子も、できるだけ笑顔でいられるように。
まずは、知ることから始めていきましょう。
 

▼「介護終活_30チェックシート』でまずは現状の準備状況の確認をしてみることをお勧めしています。是非、ご確認してみて下さい。

 

2026年07月10日 20:12

第2回 認知症になると何もできなくなるは本当か?

第2回

できることは、まだ残っている

認知症と聞くと、

「何も分からなくなる」
「何もできなくなる」
「家族が全部やってあげなければならない」

というイメージを持つ方は少なくないと思います。
 

確かに、認知症になると、記憶力や判断力、段取りを考える力などに変化が起きることがあります。
 

これまで当たり前にできていたことが、少しずつ難しくなる。
同じことを何度も聞く。
予定を忘れる。
物の置き場所が分からなくなる。
料理や買い物、薬の管理が不安になる。

家族から見ると、

「前はできていたのに...。」
「もう一人では無理なのではないか?」
「危ないから、全部こちらでやった方がいいのではないか?」

と感じる場面も増えていきます。
 

しかし、ここで大切なのは、「できないことが増えること」と「何もできなくなること」は同じではないという視点です。
 

認知症になったとしても、本人の中には、まだできること、分かること、感じ取れること、楽しめることが残っています。

「できないこと」ばかりを見ると、本人の力が見えなくなる

家族は、どうしても心配な場面に目が向きます。
 

火の消し忘れがあった。
通帳の場所が分からなくなった。
薬を飲み忘れた。
同じ食品を何度も買ってきた。
約束の日を間違えた。
 

こうした出来事が続くと、家族は不安になります。

当然です。
 

ただ、その不安が強くなるほど、本人の「できないこと」ばかりを見てしまいやすくなります。
でも、本人にはまだ残っている力があるかもしれません。
 

花に水をあげることはできる。
洗濯物をたたむことはできる。
昔から作っていた味噌汁なら作れる。
近所の人にあいさつできる。
好きな歌を口ずさめる。
孫の顔を見るとうれしそうに笑う。
毎朝の散歩は続けられる。
誰かの役に立ちたいという気持ちは残っている。

 

認知症になると、すべてが一気に失われるわけではありません。
難しくなることがある一方で、本人らしさや習慣、感情、得意なことが残っていることも多いのです。

手伝いすぎることが、本人の力を奪うこともある

家族が心配して、本人の代わりに何でもやってしまうことがあります。
 

「危ないから、もう料理はしないで」
「失敗すると困るから、私が全部やるね」
「時間がかかるから、もう座っていて」
「分からないだろうから、こちらで決めておくね」
 

家族としては、本人を守りたい。
失敗させたくない。
トラブルを防ぎたい。
そう思っての行動です。
 

その気持ちは、とても自然なものです。
 

しかし、何でも先回りしてやってしまうと、本人が使える力まで使わなくなってしまうことがあります。
 

できるはずだったことをやめてしまう。
役割を失ってしまう。
「自分はもう何もできない人間だ」と感じてしまう。
家の中で居場所がなくなってしまう。
 

これは、本人にとって大きな喪失感につながることがあります。
 

支援とは、本人の代わりにすべてをやることではありません。
本人ができることを見つけ、その力を安全に使えるように環境を整えることでもあります。

大切なのは「できる形」に変えること

認知症の方への支援で大切なのは、「できるか、できないか」だけで判断しないことです。
 

以前と同じやり方では難しくなっても、やり方を少し変えればできることがあります。
 

たとえば、料理が不安になってきた場合、すべてを任せるのは危ないかもしれません。

でも、野菜を洗う、食器を並べる、味見をする、簡単な盛りつけをすることはできるかもしれません。
 

買い物が難しくなってきた場合
一人で遠くのスーパーに行くのは不安でも、家族と一緒に行く、決まったお店だけにする、買うものをメモにしておくことで続けられるかもしれません。
 

薬の管理が難しくなってきた場合
本人任せにするのは危険でも、お薬カレンダーを使う、家族や薬剤師と確認する、訪問薬剤師や介護サービスにつなげることで、生活を守る方法があります。
 

つまり、「もう無理」ではなく、「どうすれば続けられるか」を考えることも大切なのです。

役割があることは、生きる力になる

人は、誰かの役に立っていると感じられると、心が支えられます。
 

それは、認知症になっても同じです。
 

家の中での小さな役割
地域の人とのあいさつ
花の世話
食卓の準備
孫に昔話をすること
仏壇に手を合わせること
家族の帰りを待つこと
 

一見、小さなことに見えても、本人にとっては「自分の役割」になっていることがあります。
 

家族が忙しいと、つい効率を優先してしまいます。

でも、認知症の方と関わる時には、効率だけではなく、本人の尊厳や居場所も大切にしたいところです。
 

「まだできることは何か?」
「本人が続けたいことは何か?」
「どんな場面なら安心して参加できるか?」
 

この問いを持つだけで、関わり方は変わります。

失敗しないことより、安心して続けられること

認知症の方が何かをすると、時間がかかることがあります。
途中で分からなくなることもあります。
思うように進まないこともあります。
 

家族としては、見ていてもどかしい。
つい手を出したくなる。
口を出したくなる。

そんな場面もあると思います。
 

でも、本人にとって大切なのは、完璧にできることだけではありません。
 

少し手伝ってもらいながらできた。
途中まででも参加できた。
ありがとうと言われた。
自分にも役割があると感じられた。
 

その経験が、本人の安心や自信につながることがあります。
 

もちろん、安全面への配慮は必要です。

火の扱い、薬、お金、外出、契約など、家族や専門職の支援が必要な場面もあります。

大切なのは、危険を放置することではありません。

危険な部分は支えながら、本人の力が残る部分はできるだけ奪わないことです。

家族が見るべきは「低下」だけではない

認知症の進行に目を向けることは大切です。

ただし、低下していく部分だけを見ていると、本人との関係が苦しくなってしまいます。
 

「また忘れた」
「またできなかった」
「また失敗した」
 

この見方が続くと、家族も疲れます。
本人もつらくなります。
 

だからこそ、意識して見つけたいのです。
 

「今日は笑顔があった」
「この作業はまだできた」
「この話には反応してくれた」
「この場所では落ち着いていた」
「この人とは安心して話せていた」
 

できないことへの対策と同時に、できることへの注目が必要です。
 

認知症支援は、失われたものだけを見るのではなく、残っている力をどう支えるかという視点が欠かせません。

認知症になっても、人生は続いていく

認知症になることは、本人にとっても家族にとっても大きな変化です。

不安もあります。
悲しさもあります。
戸惑いもあります。
 

それでも、認知症になった瞬間に、その人の人生が終わるわけではありません。

生活は続きます。
人との関係も続きます。
うれしい、楽しい、安心する、寂しい、不安だと感じる心もあります。
その人らしさも、完全に消えてしまうわけではありません。
 

だからこそ、

「何もできなくなった人」として見るのではなく、「できることが変わってきた人」「支え方を工夫すれば、まだ参加できる人」として見ることが大切です。

今日の小さな一歩

親や身近な高齢の方に対して、「できなくなったこと」だけではなく、「まだできていること」を3つ書き出してみてください。
 

たとえば、
 

花の世話ができる。
朝の散歩ができる。
家族にあいさつができる。
好きな歌を覚えている。
食器を並べられる。
昔の仕事の話を楽しそうにできる。
 

どんな小さなことでも構いません。

できることを見つけることは、本人を励ますだけでなく、家族の見方を変えるきっかけにもなります。
 

認知症になると何もできなくなる。
そう決めつける前に、まずは本人の中に残っている力を見つけることから始めてみませんか?

本人の中には、まだ残っている力や習慣、その人らしさがあります。
 

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2026年07月09日 13:13

想定外の介護|第2回 面会では元気に見えた母。想像以上に進んでいた生活力の低下

第2回

施設に入った後こそ、家族と施設の情報共有が必要だった

※この記事は、実際の介護経験をもとに、本人の尊厳と個人情報に配慮しながら一部表現を整えて構成しています。
 


先日、特養に入居している母に面会に行きました。

母は、表面的には元気そうに見えました。
表情も穏やかで、こちらの問いかけにも反応してくれました。
※但し、既に私が自分の息子ということは分からなくなっていました。(自分の弟と誤認識しておりましたが、以前からもそのようなことはあったので...。)

私は正直なところ、少し安心していました。
 

「思っていたより元気そうだ」
「施設で落ち着いて過ごせているのかもしれない」
「これなら、しばらくはこのままでいいのではないか?」
 

そんなふうに感じていました。
 

ところが後日、施設から届いた母の状況に関する連絡を読んで、私は大きな衝撃を受けました。

母の状態は、私が面会で見ていた印象よりも、ずっと進んでいたのです。
 


施設からの連絡では、

・母の認知面の変化が進んでいること
・トイレに自分から行く回数が減っていること
・声かけや誘導がないと、排泄の行動につながりにくくなっていること
・衣類や寝具の交換が必要になる場面が増えていること
・歩行についても、膝の痛みがあり、長い距離を歩くことが難しくなっていること

 

そうした日常生活の様子が、具体的に伝えられていました。
 

面会の短い時間では、そこまで分かりませんでした。
 

椅子に座って会話をしている母を見ると、「まだ大丈夫そうだ」と感じてしまいます。

でも、実際の生活は違いました。
 

トイレまで自分で移動できるのか?
排泄のタイミングを自分で判断できるのか?
衣類の汚れに気づけるのか?
声かけを受けて行動に移せるのか?
夜間はどう過ごしているのか?
転倒の危険はどの程度あるのか?

そうしたことは、家族が短時間面会しただけでは分からないのです。

私はその時、あらためて思いました。
 

面会で見える親の姿は、生活全体のほんの一部でしかない。

この事実は、かなり大きな気づきでした。
 


介護における「生活力の低下」は、外から見ると分かりにくいことがあります。
 

会話ができる。
笑顔がある。
受け答えができる。
食事も少しは食べられる。
 

こうした姿を見ると、家族はつい安心します。
 

でも、介護の現実は、会話の受け答えだけでは判断できません。

むしろ本当に大切なのは、もっと日常の細かな場面です。
 

トイレに行きたいと自分で言えるか?
必要な時に立ち上がれるか?
歩いて移動できるか?
衣類の着脱ができるか?
パットの交換が必要なことに気づけるか?
夜間に安全に過ごせるか?
声かけがあれば行動できるのか?
声かけがあっても難しいのか?

 

こうした一つひとつが、生活力です。

そして生活力が低下してくると、自宅での介護は一気に難しくなります。
 


たとえば、ポータブルトイレを置けば解決すると思うかもしれません。
 

でも、実際にはそう単純ではありません。
 

本人がポータブルトイレをトイレとして認識できるか?
そこまで安全に移動できるか?
立ち上がりや方向転換ができるか?
使用後に衣類を整えられるか?
パットの確認や交換が必要か?
排泄後の処理を誰が行うのか?
夜間も対応できるのか?
 

ポータブルトイレは、置けば自動的に安全になるものではありません。
 

本人の理解、動作能力、家族の見守り、後始末、衛生管理があって、初めて成り立つものです。
 

この現実を考えると、施設の方が伝えてくださった

「仮に自宅介護をするなら、一人でいる時間はかなり危険になる」
という意味が、重く響きました。
 

表面的には元気そうに見えても、日常生活の場面では、多くの支えが必要になっている。

これは、家族にとって大きな想定外でした。
 


もちろん、今回の話は、施設を責める話ではありません。

むしろ逆です。
 

日々の生活を見てくださっている施設の職員さんが、母の状態を具体的に伝えてくださったからこそ、私は現実を知ることができました。
 

もしこの情報共有がなければ、私は面会時の印象だけで、

「母はまだ元気そうだ」
「施設で落ち着いている」
「大きな変化はなさそうだ」

と思い込んでいたかもしれません。
 

でも、施設側は、家族が見ていない時間を見ています。
 

朝の様子
食事の様子
トイレの様子
夜間の様子
歩行の状態
声かけへの反応
気分の変化
認知面の変化
他の入居者や職員さんとの関わり
 

家族が面会で見る親の姿と、施設職員さんが日常の中で見ている親の姿は違います。
 

だからこそ、施設に入った後も、家族と施設の情報共有がとても大切なのだと思います。
 


「施設に入居したから、もう安心」

そう思いたくなる気持ちは、よく分かります。
 

家族も、それまで本当に大変だったはずです。
入院、退院、施設探し、契約、荷物の準備、費用の確認、兄弟との相談。
 

ようやく施設に入居できた時、
「これで少し落ち着ける」

と思うのは自然なことです。
 

でも、施設に入った後も、家族の役割は終わりません。
 

直接介護の負担は減るかもしれません。
でも、親の状態を知り、施設と情報を共有し、今後の変化に備える役割は残ります。
 

特に、次のようなことは施設入居後も、定期的に確認しておいた方がよいと感じました。
 

排泄の状態はどうか?
トイレ誘導は必要か?
パットや衣類交換の頻度は増えていないか?
歩行状態はどう変化しているか?
転倒リスクは高まっていないか?
認知面の変化はあるか?
食事量や水分摂取量はどうか?
夜間の様子はどうか?
本人の不安や訴えは増えていないか?
今後、家族として想定しておくべきことは何か?
 

こうした情報は、家族の安心のためだけではありません。

親のこれからの暮らし方を考えるうえで、とても大切な材料になります。
 


今回の経験を通じて、私は「定期的なカンファレンス」の必要性も強く感じました。
 

施設に入居している場合でも、家族が受け身でいるだけでは、親の変化に気づくのが遅れることがあります。

施設の方から連絡が来た時だけ聞くのではなく、こちらからも定期的に確認する。

可能であれば、施設の相談員さん、介護職員さん、看護職員さん、ケアマネジャーさんと、状況を共有する場を持つ。
 

そこで確認したいのは、単に「今、元気ですか?」
ということではありません。
 

「生活の中で、どこに支援が必要になっていますか?」
「以前と比べて、変化していることはありますか?」
「転倒や排泄、認知面で気になることはありますか?」
「今後、家族として準備しておいた方がよいことはありますか?」
「もし状態がさらに変わった場合、どんな選択肢がありますか?」
 

こうした具体的な情報共有が必要です。
 

施設に任せきりにするのではなく、かといって家族だけで抱え込むのでもなく、施設と家族が同じ情報を持ちながら、親を支えていく。

それが、これからの介護には必要なのだと思います。
 


今回、私が一番強く感じたのは、「元気そうに見える」と「生活が自立している」は、まったく別のことだということです。
 

面会では元気に見える
会話もできる
笑顔もある
 

それでも、生活力は少しずつ低下していることがあります。
 

特に、排泄、移動、夜間、安全確認は、家族が思っている以上に大きな介護の分岐点になります。
 

もし、施設に入っていなかったら
もし、自宅で一人になる時間があったら
もし、家族だけでこの状態を支えようとしていたら
 

そう考えると、私はあらためて、施設の支援のありがたさと、自宅介護の厳しさを感じました。
 

そして同時に、親が施設に入っているからこそ、家族はもっと施設と情報を共有する必要があると感じました。
 


親の介護は、始まってから分かることが本当に多いです。
 

でも、すべてを始まってから知るのでは、家族は慌てます。
 

面会で見た姿だけで安心していないか?
親の日常生活の状態をどこまで把握しているか?
施設やケアマネジャーと定期的に話す機会があるか?
もし自宅介護になった場合、どこまで家族で支えられるのか?
兄弟で情報を共有できているか?

 

こうしたことを、少しずつ確認しておくことが大切です。
 

親の介護準備は、いきなり相続や延命治療の話をすることだけではありません。
 

まずは、親の生活の現実を知ること。
そして、家族が見えていない部分を、専門職の方と共有すること。
 

そこから始まる準備もあります。
 

私が作成した 「親が倒れる前の介護準備チェックシート」 では、健康・医療、介護・暮らし、お金・資産、家族・兄弟姉妹、終末期・終活、親への切り出し準備まで、30項目で確認できるようにしています。
 

点数が低くても、落ち込む必要はもちろんありません。

大切なのは、今日から小さく確認を始めることです。
 

介護者になると、想定外のことが次々におこりますので、親が元気なうちに準備を進めていくこと、親とのコミュニケーションをしっかりととっておくことが非常に重要です。

まずは、家族が慌てないために、親が元気なうちに最初の一歩を整理するところから始めてみませんか?
 

▼親が倒れる前の介護準備チェックシートはこちらから

2026年07月07日 20:03

施設の印象を変えるのは、設備よりも『体験』かもしれない

連載⑧

レクが変わると、施設が変わる。
心が動く体験が、その施設らしさをつくる

 


こんにちは

介護施設の経営者・施設長・管理者・人事担当者の皆さまに向けて、「レクが変わると、施設が変わる。」をテーマにした連載をお届けしています。
 

第1回では、
介護施設のレクがマンネリ化するのは、職員のせいではありません
 

第2回では、
「また同じレクですね」が、施設の印象を左右する理由
 

第3回では、
レク担当者が疲弊してしまう本当の理由
 

第4回では、
レクリエーションは、利用者様の生活と施設価値を高める時間
 

第5回では、
利用者の参加意欲が下がるレク、上がるレクの違い
 

第6回では、
職員が頑張りすぎないレクリエーション運営という考え方
 

第7回では、
外部レクを上手に活用する施設が、これから選ばれる理由
 

についてお伝えしました。
 

第8回のテーマは、「施設の印象を変えるのは、設備よりも『体験』かもしれない」です。
 

もちろん、介護施設にとって設備環境はとても大切です。
安全性、清潔感、動線、居室の快適さ、共有スペースの使いやすさ。
どれも利用者様の生活や職員の働きやすさに関わる重要な要素です。
 

一方で、ご家族や見学者、そして利用者様ご自身の心に残るものは、設備そのものだけではないように感じます。
 

「ここでどんな時間を過ごせるのか?」
「どんな表情が生まれているのか?」
「この施設には、どんな温かさがあるのか?」
 

その印象を大きく左右するのが、『心が動く体験』なのではないでしょうか?
 


設備は大切。でも、それだけでは印象は決まらない

介護施設を選ぶとき、多くの方がまず確認するのは、

  • 建物のきれいさ

  • バリアフリーの状況

  • 居室や共有スペースの広さ

  • 立地やアクセス

  • 入浴設備やリハビリ環境

  • 医療連携の体制

といった、目に見える条件です。

これはとても自然なことですし、重要な視点でもあります。
 

ただ、実際に施設見学をしたときに、最終的に印象に残るのは「数字」や「設備一覧」だけではないことが多いのではないでしょうか?
 

たとえば、

  • 利用者様が自然に笑っていた

  • 職員の皆さまの声かけが暖かかった

  • レクの時間に拍手や会話が生まれていた

  • その場にやわらかい空気が流れていた

こうした“体験として感じたこと”が、施設の印象を大きく左右します。

つまり、施設の魅力は、設備そのものだけで決まるのではなく、『そこでどんな時間が流れているか?』によって形づくられる面がとても大きいのです。
 


ご家族が本当に見ているのは「ここでどう過ごせるか?」

ご家族が施設選びをするときに気にしているのは、
 

「ここは新しい建物か」
「設備は整っているか」
 

だけではありません。
 

それ以上に、

  • 親が穏やかに過ごせそうか?

  • 楽しみや刺激のある毎日が送れそうか?

  • 孤立せずに人と関われそうか?

  • 職員の皆さまと安心して過ごせそうか?

といった、日々の暮らしの質を見ています。
 

そのため、施設でどんな『体験』が生まれているかは、とても大切です。
 

たとえば、レクリエーションや行事の時間に、

  • 利用者様が笑顔になっている

  • 普段あまり参加されない方もその場にいられる

  • 見ているだけの方も楽しそうにしている

  • 職員の皆さまが無理なく関わっている

そんな様子が見えると、ご家族は大きな安心を感じます。
 

「この施設なら、ただ安全に過ごすだけではなく、心も動く時間がありそうだ」

そう思っていただけることは、施設にとって大きな価値です。
 


『体験』は施設の空気をつくる

施設の印象を決めるのは、建物の新しさや豪華さだけではありません。
 

実際には、

  • そこにどんな会話があるか?

  • どんな笑顔があるか?

  • どんな出来事が生まれているか?

  • どんなふうに人と人が関わっているか?

といった、日々の積み重ねが、施設の空気をつくっています。
特にレクリエーションは、その空気がよく見える時間です。
 

体操や歌、脳トレ、手作業、季節の行事。
そして、ときには普段とは少し違う特別なプログラム。

そうした時間の中で、利用者様の表情がやわらぎ、会話が生まれ、職員の皆さまと自然なやり取りが生まれる。

この『体験の質』が、その施設らしさを育てていきます。
 


記憶に残るのは「設備」より「心が動いた瞬間」

施設見学に行ったご家族が、後から思い出すのは何でしょうか?
 

きれいな床や立派な設備も印象に残るかもしれません。
 

けれど、それ以上に、

  • 皆さんが楽しそうに手拍子していた

  • 利用者様が笑顔で職員に話しかけていた

  • 季節の行事にあたたかさがあった

  • その施設ならではの空気を感じた

といった、心が動いた瞬間が記憶に残ることは多いと思います。
 

利用者様にとっても同じです。
 

豪華な設備よりも、

「今日は楽しかった」
「うれしかった」
「また参加したい」
「誰かと一緒に笑えた」
 

そんな体験の方が、心に残ります。
 

だからこそ、これからの介護施設では、設備を整えることと同じくらい、
心が動く体験をどうつくるか?』が大切になってくるのではないでしょうか?
 


レクリエーションは、施設価値を『見える化』する時間

第4回でもお伝えした通り、レクリエーションは単なる余暇活動ではありません。

  • 利用者様の生活の質を高める

  • 職員のやりがいにつながる

  • ご家族に安心を届ける

  • 施設の雰囲気を伝える

という役割があります。
 

第8回で特にお伝えしたいのは、『レクリエーションは、施設価値を「見える化」する時間でもある』ということです。
 

たとえば、設備が同じように整っている施設が二つあったとしても、

  • 片方は、行事やレクで利用者様の表情が生き生きしている

  • もう片方は、そうした場面があまり見えない

となれば、印象は大きく変わります。
 

つまり、『体験の質』は、施設価値の伝わり方そのものを変えるのです。
 


特別な体験が、施設らしさを深めることもある

日常レクの安心感は、とても大切です。
 

一方で、ときには少し非日常の要素がある特別レクが、施設の印象をぐっと高めることもあります。
 

たとえば、

  • 季節イベント

  • 家族参加型の行事

  • 地域交流を兼ねた企画

  • 外部講師や外部プログラムを取り入れたレク

こうした機会は、利用者様の気持ちを動かしやすく、施設の雰囲気づくりにもつながります。
 

最近では、室内で楽しめるサーカス型レクリエーションのように、「見る」「拍手する」「少し体験する」といった複数の参加の形をつくれるプログラムもあります。
 

こうした体験は、利用者様にとって新鮮でありながら、無理の少ない参加がしやすいという意味で、高齢者施設との相性が良いと感じます。

大切なのは、派手さそのものではなく、『その施設らしい、心が動く時間が生まれること』です。
 


職員の皆さまが無理なく関われることも『良い体験』の条件

『体験』を重視するというと、何か特別に大がかりなことをしなければならないように感じるかもしれません。
 

でも、本当に大切なのは、派手な演出ではありません。

  • 利用者様が安心して参加できること

  • 職員の皆さまが笑顔で関われること

  • 見ているだけの方もその場にいられること

  • ご家族が「いい時間ですね」と感じられること

そうした時間の方が、よほど印象に残ります。
 

そして、そのためには、職員の皆さまが無理をしすぎないことも重要です。

準備や進行ですべてが埋まってしまうと、利用者様の表情を見る余裕がなくなってしまいます。
 

だからこそ、必要に応じて外部の力も取り入れながら、『職員の皆さまが本来大切にしたい関わりに集中できる状態』をつくることが、良い体験づくりにつながります。
 


これから選ばれる施設は、『心が動く時間』を持っている

介護施設の価値は、これからますます「何を備えているか?」だけでなく、『どんな時間を届けているか?』で見られるようになるのではないかと思います。


もちろん、安全性や設備は最も重要です。

そのうえで、

  • 利用者様が笑顔になる時間がある

  • 施設らしい行事やレクがある

  • 職員の皆さまが無理なく関われている

  • ご家族が安心できる場面がある

  • 見学者の心に残る体験がある

こうした施設は、これからより選ばれていくはずです。
 

設備が良い施設から、『心が動く体験がある施設』へ。

この視点は、施設運営においてとても大きなヒントになると思います。
 


経営者・施設長・人事担当者に考えていただきたいこと

第8回のテーマを踏まえて、経営者・施設長・管理者・人事担当者の皆さまに考えていただきたいのは、次のような点です。

  • 施設の魅力を、設備以外でどう伝えられているか?

  • ご家族や見学者の印象に残る体験があるか?

  • 利用者様の笑顔や会話が生まれる時間を意識できているか?

  • 日常レクと特別レクをうまく組み合わせられているか?

  • 職員の皆さまが無理なく関われる設計になっているか?

施設の価値は、数字や設備だけでは伝えきれません。

だからこそ、『心が動く体験をどうつくるか?』を考えることが、これからの施設づくりにとても大切なのだと思います。
 


ホワイトペーパーのご案内

今回のテーマに関連して、
 

「介護施設のレクがマンネリ化する本当の理由
〜利用者満足・職員負担軽減・施設価値向上を同時に考える〜」

 

というホワイトペーパーをご用意しています。
 

この資料では、

  • 介護施設で起こりやすいレクの課題

  • マンネリ化が利用者・職員・施設に与える影響

  • 職員負担を減らしながら施設価値を高める考え方

  • 特別レクリエーション活用の方向性

  • 導入の流れや相談時のポイント

を整理しています。
 

施設内での課題共有、季節イベントの企画検討、職員負担軽減策の検討資料としてもご活用いただけます。
 


お問い合わせ・ご相談

介護施設のレクリエーションのマンネリ化や、季節イベントの企画でお悩みの施設様へ。

職員の負担を抑えながら、利用者様の笑顔を増やし、施設価値向上にもつなげる『特別レクリエーションの考え方』を、ホワイトペーパーにまとめています。
 

また、室内で楽しめるサーカス型レクリエーションをはじめ、施設様に合った『心が動く体験づくり』についてもご相談いただけます。

ご興味のある方は、お気軽にお問い合わせください。
 

キャリア&ライフプラントータルサポート
代表 山岸 博幸
TEL:090-3903-8408
HP:https://career-life.org/

2026年07月05日 17:13

【第2回】終活は「亡くなる準備」だけではありません

第2回

さいたま市で親の介護が心配になったら読む話

急な入院・介護で家族が慌てないためのやさしい準備

「終活」という言葉を聞くと、どのような印象を持つでしょうか?
 

亡くなる前の準備
相続や遺言の話
お墓や葬儀のこと
親にはなかなか切り出しにくい話
 

そのように感じる方は少なくないと思います。
 

実際、親に対して「そろそろ終活を考えた方がいいよ」と言うのは、簡単なことではありません。
 

親からすれば、

「まだ元気なのに、そんな話をするの?」
「縁起でもない」
「自分の死を急かされているようで嫌だ」

と感じることもあるでしょう。
 

子ども世代も同じです。
 

本当は心配している。
でも、親を傷つけたくない。
不安を煽りたくない。

だから、つい話を先延ばしにしてしまう。
 

親のことを大切に思っているからこそ、終活の話は難しくなるのだと思います。

終活は「死後の準備」だけではない

私は、終活を「亡くなる準備」だけだとは考えていません。
 

もちろん、遺言、相続、葬儀、お墓、財産の整理なども大切なテーマです。
 

しかし、家族が本当に困るのは、亡くなった後だけではありません。
 

むしろ、家族が急に慌てるのは、親が生きている間に起きる出来事です。
 

急な入院
転倒
認知症の初期症状
通院や薬の管理が難しくなる
一人暮らしが心配になる
介護保険の申請が必要になる
入退院の手続きが発生する
お金の支払いを誰が行うのか分からない
親の希望が分からず、家族で判断に迷う

 

こうした出来事は、ある日突然やってきます。
 

そして、その時に家族が困るのは、

「何をすればよいか分からない」
「どこに相談すればよいか分からない」
「親の希望が分からない」
「必要な情報がどこにあるか分からない」


ということです。
 

だからこそ、終活は「死後の準備」だけではなく、『これからの暮らしを安心して続けるための準備』として捉えることが大切です。

「もしもの時に困らない準備」と考えてみる

終活という言葉が重く感じる場合は、無理に「終活」と呼ばなくてもよいと思います。
 

たとえば、次のように考えてみてください。
 

「急な入院で家族が慌てないための準備」
「親の希望を大切にするための準備」
「これからの暮らしを安心して続けるための整理」
「家族が困った時に、すぐ動けるようにする備え」

 

このように言い換えるだけで、少し受け止めやすくなります。
 

終活は、親の人生を終わらせる話ではありません。
親のこれからを、できるだけ安心して過ごすための話です。
 

親を管理するためのものでもありません。
親の希望を知り、家族が必要な時に支えられるようにするためのものです。

家族が最初に知っておきたいこと

終活というと、いきなり財産や相続の話から始めようとする方もいます。
 

もちろん、お金や相続の話も大切です。
 

でも、最初からそこに入ると、親も子も身構えてしまうことがあります。

まずは、もっと日常に近いところからで大丈夫です。
 

たとえば、
 

・かかりつけ医はどこか?
・飲んでいる薬は何か?
・お薬手帳はどこにあるか?
・保険証や診察券はどこにあるか?
・緊急時に連絡してほしい人は誰か?
・入院時に必要なものはどこにあるか?
・親が今、困っていることはないか?
・今の暮らしを続ける上で不安なことはないか?

 

こうしたことを確認するだけでも、立派な介護準備であり、終活の入口です。
 

大切なのは、完璧な準備を一気に進めることではありません。
 

まずは、
「何かあった時に家族が慌てないように、少しだけ確認しておこう」
というくらいで十分です。

親にどう切り出せばよいか

親に終活や介護準備の話を切り出す時は、言い方がとても大切です。
 

いきなり、
 

「終活しておいて」
「介護になったらどうするの」
「財産のことを教えて」
「認知症になったら困るから」
 

と言ってしまうと、親は不安になったり、反発したりするかもしれません。
 

おすすめは、親を心配している気持ちと、目的をやさしく伝えることです。
 

たとえば、
 

「急な入院の時に慌てないように、保険証やお薬手帳の場所だけ教えておいてもらえる?」
「何かあった時に、お母さんの希望を大切にしたいから、少しずつ聞いておきたいんだ」
「今すぐ何かを決める話ではなくて、家族が困らないための確認だよ」
「これからも安心して暮らせるように、一緒に整理しておけたらいいな」
 

このように伝えると、親も受け止めやすくなります。
 

終活の話は、親を不安にさせるためのものではありません。
親の希望を大切にするための会話です。

「話す」「整理する」「備える」「相談する」

介護準備や終活は、大きく分けると4つのステップで考えると分かりやすくなります。
 

1つ目は、話すこと。
親の希望や不安、家族の心配を、少しずつ言葉にしていくことです。
 

2つ目は、整理すること
医療、介護、お金、連絡先、書類の場所などを、家族が分かる形にしておくことです。
 

3つ目は、備えること。
急な入院、介護の始まり、認知症への不安などに対して、家族が慌てないように準備することです。
 

4つ目は、相談すること。
家族だけで抱え込まず、必要に応じて地域包括支援センター、さいたま市ではシニアサポートセンターなどの相談窓口につながることです。


この4つを少しずつ進めるだけでも、家族の不安は軽くなります。

地域包括支援センターは、早めに知っておきたい相談先

親の介護が心配になった時、家族だけで何とかしようとすると、どうしても不安が大きくなります。
 

「まだ介護認定を受けていないから相談できない」
「親はまだ元気だから、相談するのは早い」
「こんな小さなことで相談してよいのだろうか?」
 

そう思う方もいるかもしれません。
 

でも、地域包括支援センターは、介護が始まってからだけの相談先ではありません。
 

親の暮らしに少し不安を感じた時
物忘れや転倒が気になり始めた時
介護保険や福祉サービスのことが分からない時
家族だけでは判断に迷う時

そのような段階でも、早めに相談先を知っておくことが大切です。
 

私自身も、さいたま市で親の介護準備や終活の前段階を整理するお手伝いをしながら、必要に応じて地域包括支援センターや専門機関につなぐことを大切にしています。

終活は、親も子も笑顔でいるための準備

終活という言葉には、どうしても重さがあります。
 

でも、本当に大切なのは、親の人生の終わりを急がせることではありません。
 

親がこれからも安心して暮らせること
親の希望を家族が知っておくこと
家族が急な入院や介護で慌てないこと
困った時に、どこに相談すればよいか分かっていること
 

そのための準備として、終活を考えてみてはいかがでしょうか?
 

終活は、亡くなる準備だけではありません。
 

これからを安心して過ごすための準備です。
家族が親を大切にするための準備です。
親も子も笑顔でいるための準備です。

 

まずは、重く考えすぎず、できるところからで大丈夫です。
 

今日できる一歩は、親にこう聞いてみることかもしれません。
 

「急な入院の時に困らないように、保険証とお薬手帳の場所だけ教えておいてもらえる?」
 

その小さな一言が、親の介護準備と終活の第一歩になります。

この連載では、さいたま市で親の介護が心配になった方に向けて、急な入院・介護で家族が慌てないための準備を、分かりやすくお伝えしていきます。
 

親も子も、できるだけ笑顔でいられるように。

まずは、知ることから始めていきましょう。
 

▼「介護終活_30チェックシート』でまずは現状の準備状況の確認をしてみることをお勧めしています。是非、ご確認してみて下さい。

 

2026年07月03日 18:13

キャリア&ライフプラントータルサポート

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