第3回 認知症の人を“問題行動”で見ない
行動の奥にある困りごと
認知症のある方と暮らしていると、家族が戸惑う場面は少なくありません。
「何度言っても同じことを聞いてくる」
「財布を盗られたと言い出す」
「家にいるのに『家に帰る』と言う」
「突然、怒ったような態度をとる」
「外に出て行こうとする」
こうした行動が続くと、家族は疲れてしまいます。
「どうしてこんなことをするのだろう」
「困った行動ばかりするようになった」
「以前の親とはまるで別人のようだ」
そう感じてしまうこともあるでしょう。
でも、ここで少し立ち止まって考えてみたいことがあります。
私たちから見れば「困った行動」に見えることも、本人から見れば、何かに困った結果として起きている行動なのかもしれない、ということです。
認知症の方を「問題行動をする人」として見るのではなく、「この人は今、何に困っているのだろう?」と考えてみる。
その視点が、本人への理解を深める大切な第一歩になります。
「何度も同じことを聞く」のは、困らせたいからではない
たとえば、こんな場面があります。
「今日、病院に行くんだっけ?」
家族が答えます。
「病院は明日だよ」
ところが、10分後。
「今日、病院に行くんだっけ?」
また同じ質問です。
さらに少しすると、
「病院は今日だったかな?」
家族としては、
「さっき言ったでしょ」
「何回同じことを聞くの?」
と言いたくなるかもしれません。
しかし、本人にとっては、10分前に質問したこと自体を覚えていない可能性があります。
さらに、
「病院はいつだっただろう」
「忘れてしまった」
「間違えたらどうしよう」
という不安を感じていることもあります。
本人は家族を困らせたくて何度も質問しているわけではありません。
不安だから確認している。
でも、その確認をしたこと自体を忘れてしまう。
そう考えると、見え方が少し変わってきます。
「何度も同じことを聞く人」ではなく、「予定が分からなくなり、不安になっている人」として見ることができるからです。
「財布を盗られた」には、不安が隠れているかもしれない
認知症のある方との生活で、家族がつらい思いをすることの一つに、
「財布を盗られた」
「通帳を誰かに持っていかれた」
と言われる場面があります。
特に、「あなたが盗ったんでしょう」と家族が疑われると、ショックを受けるでしょう。
「そんなわけないでしょ」
「自分でどこかに置いたんでしょう」
と強く否定したくなる気持ちも当然です。
でも、本人の立場から考えてみます。
確かにここに置いたはずの財布がない。
どこに置いたのか思い出せない。
自分が移動させた記憶もない。
本人からすると、
「あったはずのものが突然なくなった」という感覚なのかもしれません。
それは、とても不安なことです。
その不安を説明するために、
「誰かが持っていったのではないか」
という考えにつながっている可能性があります。
そんな時、
「盗ってない!」
「また自分でなくしたんでしょう!」
と否定するだけでは、本人の不安は消えません。
まずは、「財布が見つからなくて心配なんですね」「一緒に探してみましょうか」
と、本人の不安に寄り添う。
そして一緒に探す。
大切なのは、「誰が正しいか」を決着させることよりも、本人が感じている不安を少しでも和らげることです。
「家に帰りたい」は、住所の話だけではないかもしれない
自宅にいるのに、「そろそろ家に帰ります」と言う方もいます。
家族は驚きます。
「ここが家だよ」
そう説明しても、「違う。私の家はここじゃない」と言われることがあります。
家族としては、「自分の家なのに、どうして分からないの?」と思うでしょう。
でも、「家に帰りたい」という言葉が、必ずしも住所としての家を意味しているとは限りません。
その人が求めているのは、
安心できる場所。
自分の役割があった場所。
若い頃に家族と暮らしていた場所。
そうした「安心できた時代」や「安心できる感覚」なのかもしれません。
「ここが家です」
と正しさを伝えるだけでは、その不安は解消しないことがあります。
「帰りたいんですね」
「どんなお家でしたか?」
「少しお茶を飲んでから考えましょうか」
そんなふうに気持ちを受け止めることで、落ち着くこともあります。
怒りの奥には、「分からない怖さ」があるかもしれない
認知症のある方が、突然怒ったように見えることがあります。
着替えを勧めたら怒った。
お風呂に誘ったら拒否された。
介助しようとしたら手を払われた。
周囲から見ると、「なぜそんなに怒るのだろう」と思います。
しかし、本人には何が起きているのでしょうか。
知らない人が突然近づいてきたように感じた。
なぜ服を脱がなければならないのか分からない。
これから何をされるのか分からない。
自分の意思を無視されたように感じた。
もし私たちが同じ状況になったら、怖くなり、抵抗するかもしれません。
本人の「怒り」や「拒否」は、
「怖い」
「分からない」
「やめてほしい」
という気持ちの表現かもしれないのです。
行動だけを見るのではなく、その奥にある感情を想像してみることが大切です。
「徘徊」という言葉の前に、本人の目的を考えてみる
認知症のある方が一人で外に出てしまうことがあります。
家族にとっては、事故や行方不明につながる可能性もあり、大きな心配です。
安全対策はもちろん必要です。
ただ、
「また勝手に出て行った」
「意味もなく歩き回っている」
と決めつける前に、「どこへ行こうとしているのだろう?」と考えてみることも重要です。
会社に行こうとしている。
子どもを迎えに行こうとしている。
買い物に行かなければと思っている。
自分の家に帰ろうとしている。
本人の中では、何らかの目的がある場合があります。
その目的が、現在の状況とは一致していなくても、本人にとっては意味のある行動なのです。
「なぜそんなことをするのか」ではなく、「何をしようとしているのか」と考える。
この問いが、本人理解のヒントになります。
行動には、必ず理由があるとは限らない。でも、背景を探す価値はある
もちろん、認知症の方のすべての行動について、明確な理由が分かるわけではありません。
本人自身もうまく説明できないことがあります。
それでも、
体調が悪くないか。
眠れているか。
お腹が空いていないか。
トイレに行きたいのではないか。
暑くないか、寒くないか。
周囲が騒がしくないか。
不安なことはないか。
急かされていないか。
こうしたことを一つずつ考えてみると、行動の背景が見えてくることがあります。
「認知症だから仕方がない」で終わらせず、「何か理由があるのかもしれない」と考えてみる。
それだけでも、本人への接し方は変わってきます。
家族が疲れている時は、一人で解決しようとしない
ここで忘れてはいけないのが、家族の負担です。
毎日のように同じ質問をされる。
物を盗ったと疑われる。
夜中に起こされる。
外出を心配し続ける。
どれほど本人の気持ちを理解しようと思っても、家族にも限界があります。
いつでも穏やかに対応できるわけではありません。
イライラすることもあります。
強い口調になることもあります。
「もう無理」と思うこともあります。
そんな自分を責めすぎないでください。
大切なのは、家族だけで抱え込まないことです。
地域包括支援センターや医療機関、ケアマネジャー、介護サービスなどに相談し、
「最近、このような行動が増えて困っている」
と具体的に伝えることが、支援につながる第一歩です。
本人の行動を理解することと、家族が我慢し続けることは同じではありません。
本人も支える。
家族も支える。
両方が必要です。
「問題のある人」から「困っている人」へ
認知症のある方の行動だけを見ると、「困った人だ」と思ってしまうことがあります。
でも視点を少し変えて、「この人は今、困っているのではないか」と考えてみる。
同じ質問を繰り返す人ではなく、
不安を抱えている人。
財布を盗られたと言う人ではなく、
大切な物が見つからず心細い人。
家に帰りたいと言う人ではなく、
安心できる場所を求めている人。
怒っている人ではなく、
何をされるのか分からず怖がっている人。
こうして見ると、私たちの声のかけ方も変わってきます。
認知症への理解とは、症状の名前を覚えることだけではありません。
目の前の行動の奥に、「どんな困りごとがあるのだろう」と想像してみること。
そこから、本当の意味での「寄り添う」が始まるのではないでしょうか。
今日の小さな一歩
認知症のある方の行動に戸惑った時、すぐに、「どうしてこんなことをするの?」と考える代わりに、一度だけ問いを変えてみてください。
「この人は今、何に困っているのだろう?」
不安なのかもしれない。
分からないのかもしれない。
怖いのかもしれない。
何かを伝えたいのかもしれない。
すぐに答えが見つからなくても構いません。
「問題行動」と決めつける前に、その人の世界を少し想像してみる。
その小さな視点の変化が、本人との関係を変える一歩になるかもしれません。

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