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第8回 「言いたいのに、うまく言葉にならないとしたら...」

第8回

「痛い」「助けて」が伝えにくくなることがある

「あの...」

「えっと...」
 

何かを伝えようとしている。

でも、その先の言葉が出てこない。
 

家族が、
 

「何?」

「どうしたの?」
 

と聞いても、うまく答えられない。
 

本人は何かを指さしたり、落ち着かない様子を見せたりする。
 

そんな場面に出会ったことはないでしょうか?
 

周囲から見ると、
 

「何を言いたいのか分からない」

「話が通じなくなった」
 

と感じるかもしれません。
 

でも、今回も少し視点を変えて考えてみたいと思います。
 

もし、「自分の中には伝えたいことがあるのに、それを表す言葉だけが見つからなかったとしたら...。」

私たちの世界は、どのように感じられるのでしょうか?
 

私たちは、言葉に支えられて暮らしている

「お腹がすいた」

「のどが渇いた」

「ここが痛い」

「寒い」

「怖い」

「トイレに行きたい」

「今日は行きたくない」

「少し休みたい」
 

私たちは毎日、自分の状態や気持ち、希望を言葉で周囲に伝えています。
 

あまりに自然なことなので、普段はそのありがたさを意識することもありません。
 

ところが認知症の状態によっては、言葉が出にくくなったり、伝えたい言葉をうまく選べなくなったり、相手の言葉を理解しにくくなったりすることがあります。
 

もちろん、すべての認知症のある方に同じことが起こるわけではありません。
 

大切なのは、「言葉が出ない=伝えたいことがない」ではないということです。
 

頭の中にはある。でも、言葉が見つからない

例えば、目の前にコップがある。

何に使う物なのかは分かっている。
 

水が飲みたい。
 

でも、
 

「水」

「コップ」

「飲みたい」
 

という言葉がうまく出てこない。
 

そこで、
 

「あれ...」

「それ...」

「ほら...」
 

という言葉だけになる。
 

周囲からすると、「何のこと?」となってしまいます。
 

本人も、
 

「違う」

「そうじゃない」
 

と思っているのに、どう説明したらいいのか分からない。
 

これは、とてももどかしいことではないでしょうか?
 

もし「痛い」が言えなかったら?

もう一つ想像してみてください。
 

あなたのお腹が痛い。

でも、「お腹が痛い」という言葉が出てこない。
 

周囲の人は、「どうしたの?」と聞いてくる。
 

答えたい。

でも答えられない。
 

痛みは続く。

だんだん不安になる。

落ち着かなくなる。

立ったり座ったりする。

イライラする。

誰かの手を振り払う。
 

周囲から見れば、
 

「今日は機嫌が悪い」

「落ち着きがない」

「怒っている」
 

と見えるかもしれません。
 

でも、その行動の向こうに、「痛いのに、うまく伝えられなくて困っている」という本人がいる可能性もあります。
 

だからこそ、行動だけを見て決めつけないことが大切なのだと思います。
 

「どうしたの?」だけでは答えにくいこともある

私たちは何か困っている人を見ると、「どうしたの?」と聞きます。

とても自然な問いかけです。
 

けれど、言葉を組み立てることが難しくなっている人にとって、「どうしたの?」という質問は意外に難しい場合があります。
 

何が起きているのかを整理する。

必要な言葉を探す。

文章としてまとめる。

相手に伝える。
 

一つの質問に答えるまでにも、いくつもの作業が必要だからです。
 

そんなときは、
 

「お水が飲みたいですか?」

「ここが痛いですか?」

「トイレに行きたいですか?」

「少し休みますか?」
 

というように、選びやすい形にしてみる方法もあります。
 

さらに、
 

指さし

表情

視線

しぐさ
 

いつもと違う行動なども、本人を理解するヒントになります。
 

言葉以外にも「伝える方法」はある

私たちはコミュニケーションというと、つい「会話」を考えます。
 

でも、人は言葉だけで気持ちを伝えているわけではありません。
 

笑顔。

眉間のしわ。

手を握る。

指をさす。

顔をそむける。

ある場所を何度も見る。

何かを探している。
 

こうした様子にも、その人の気持ちを理解する手がかりがあります。
 

だから、「話せなくなったから、分からない」で終わらせず、「この人は、何を伝えようとしているのだろう?」と考えてみる。
 

そこからコミュニケーションが始まることもあります。
 

急がせられると、さらに言葉が出にくくなる

言葉がなかなか出てこないと、家族としては、つい先回りしたくなります。
 

「お茶でしょ?」

「トイレに行きたいんでしょ?」

「もういいから、私がやるね」
 

忙しい日常の中では、それも当然のことです。
 

けれど、本人がまだ言葉を探している途中かもしれません。
 

少し待つ。

表情を見る。

指さしたものを見る。

「これですか?」と確認する。
 

そのわずかな時間が、本人にとっては、「自分の話を聞いてもらえている」という安心につながることがあります。
 

「子ども扱いしない」ことも大切

言葉がうまく出なくなっても、その人が歩んできた人生までなくなるわけではありません。
 

長年仕事をしてきた人。

家族を育ててきた人。

地域で活動してきた人。
 

好きなことや嫌いなこと、誇りに思ってきたことがあります。
 

だから、言葉が出にくいからといって、必要以上に子どもに話しかけるような口調にしたり、本人を飛び越えて家族だけで話を進めたりするのではなく、まず本人に向き合う。
 

一人の大人として、その人を尊重する。
 

これも大切なことだと思います。
 

家族が「分かってあげられない」と自分を責めなくていい

一方で、家族にとっても「何を言いたいのか分からない」という状況は大きな負担になります。
 

何度聞いても分からない。

本人もイライラする。

家族も疲れてしまう。
 

そんなこともあるでしょう。
 

いつでも本人の気持ちを完璧に理解できるわけではありません。
 

大切なのは、全部分かってあげなければならない、と考えすぎないこと。
 

「今は分からないけれど、一緒に考えてみよう」
 

そんな姿勢だけでもよいのではないでしょうか。
 

行動の変化には、体調の確認も忘れずに

ここで一つ、とても大切なことがあります。
 

「言葉でうまく伝えられないからだろう」と、すべてを認知症だけで説明しないことです。
 

急に様子が変わった。

強い痛みがありそう。

食事や水分が取れない。

いつもと明らかに違う。
 

こうした場合には、体調不良など別の原因がないか確認することも必要です。
 

特に、突然言葉が出なくなった、ろれつが回らなくなった、顔や手足に麻痺が出たといった急な変化は、脳卒中など緊急性のある病気の可能性もあるため、速やかな医療機関への相談が必要です。
 

「認知症だから」と決めつけないこと。
 

これも本人を理解するうえで、とても大切な視点です。
 

「何を言っているのか分からない」から、「何を伝えたいんだろう?」へ

第6回では、「見えているのに、見つけられない世界」

第7回では、「時間が分からない世界」

を旅してきました。
 

そして今回は、「伝えたいのに、言葉にならない世界」です。
 

周囲から見ると、
 

「分からない」

「話が通じない」
 

と感じることがあります。
 

でも本人側から見れば、「伝えたいのに、伝えられなくて困っている」のかもしれません。
 

そこで問いを少し変えてみます。
 

「何を言っているの?」

ではなく、「何を伝えたいんだろう?」へ。
 

その小さな視点の変化が、本人とのコミュニケーションを変えていくきっかけになるのではないでしょうか?
 

次回は「情報が多すぎる世界」を旅してみます

駅。

スーパー。

病院。

ショッピングセンター。

たくさんの人。

たくさんの音。

たくさんの案内表示。
 

私たちにとって便利な場所も、情報を整理することが難しくなった人には、まったく違う世界に見えるかもしれません。
 

次回、第9回は、「もし、音や人や情報が多すぎる場所に迷い込んだら?」をテーマに、一緒に考えてみたいと思います。
 

9月27日、「認知症世界」を一緒に旅してみませんか?

この連載では、「認知症世界の歩き方」をヒントに、本人には、この世界がどのように感じられているのだろう?

ということを一緒に考えています。
 

9月27日には、「認知症世界の歩き方」公認ファシリテーター(旅のガイド)として、実践ワークショップを開催します。
 

読むだけではなく、参加者同士で考え、話し合いながら、「本人から見えている世界」を一緒に旅してみませんか?
 

ご家族に認知症のある方、医療・介護・福祉関係者、地域で認知症について考えてみたい方、そして今はまだ自分には関係ないと思っている方にも、ぜひご参加いただければと思います。
 

▼「認知症世界の歩き方」実践ワークショップ
https://ninchishousekai.peatix.com/

※認知症の症状や困りごとの現れ方には個人差があります。本記事は、すべての認知症のある方に同じ状態が起こるという意味ではありません。

2026年08月23日 17:14

【第6回】地域包括支援センターは、介護が始まってから行く場所ではありません

第6回

さいたま市で親の介護が心配になったら読む話

急な入院・介護で家族が慌てないためのやさしい準備

「地域包括支援センターって、介護が必要になった人が行くところですよね?」

そう思っている方は、意外と多いのではないでしょうか?
 

親はまだ一人で暮らしている。
買い物にも行けている。
介護認定も受けていない。
 

でも、
 

「最近ちょっと物忘れが増えた気がする」
「足腰が弱ってきたかな」
「離れて暮らしているので少し心配」
「この先、何かあったらどうすればいいんだろう」
 

そんな漠然とした不安が出てくることがあります。
 

実は、こうした「まだ介護ではないけれど、ちょっと心配」な段階から知っておいてほしい相談先があります。

それが、地域包括支援センターです。
 

さいたま市では「シニアサポートセンター」という名称で、地域の高齢者やそのご家族などの身近な相談窓口として設置されています。

「何を相談したらいいか分からない」でも大丈夫

相談というと、「困っていることをきちんと説明できないといけない」と思ってしまうかもしれません。
 

でも、親の介護について考え始めたばかりの時は、「何に困っているのか、自分でもよく分からない」ということもあります。
 

たとえば、
 

「最近、親の様子がなんとなく気になる」

「同じ話を何度もするようになった」

「一人暮らしを続けさせて大丈夫なのかな」

「介護保険という言葉は知っているけど、仕組みが分からない」

「親のことを誰に相談すればいいのか分からない」
 

これでも十分です。
 

さいたま市も、シニアサポートセンターについて、必要としている支援が明確になっていなくても問題なく、「困っていること」「不安なこと」「分からないこと」があれば相談してほしいと案内しています。
 

これはぜひ、多くのご家族に知っていただきたいことです。

さいたま市では「シニアサポートセンター」

「地域包括支援センター」という名前は少し堅く感じるかもしれません。

さいたま市では、2013年4月から「シニアサポートセンター」という愛称が使われています。
介護保険法に定められた、公的な高齢者の総合相談窓口です。
 

現在、さいたま市内には27か所設置され、それぞれ担当する地域が決められています。
 

そこでは、介護だけでなく、

  • 福祉

  • 医療

  • 介護予防

  • 認知症

  • 日常生活の困りごと

  • 高齢者の権利を守るための相談

  • 家族介護者への支援

など、幅広い相談に対応しています。
 

専門知識を持ったスタッフが、必要に応じて医療機関や介護事業所などとも連携しながら支援してくれます。

令和8年度 さいたま市地域包括支援センター情報

たとえば、こんな時に相談できます

さいたま市が公式に紹介している相談例には、次のようなものがあります。
 

「最近、同居している親の物忘れが増えて不安」

「要介護認定を受けたいけれど、どうすればいいか分からない」

「外出する機会が減ってきたので、近所の体操教室を知りたい」

「日常生活で困ることが増えてきた」

「介護保険の制度やサービスについて知りたい」

「地域で参加できる活動を探したい」
 

つまり、「介護サービスを使いたい人」だけの場所ではありません。
 

むしろ、「このままで大丈夫かな?」と家族が感じ始めた時から知っておくとよい場所なのです。

介護が始まってから探すと、家族には余裕がない

第3回、第4回でもお伝えしてきましたが、親の状況は突然変わることがあります。
 

転倒する。

救急搬送される。

急に入院する。

認知症が進んで一人暮らしが難しくなる。
 

そんな時、家族はすぐにいろいろな判断を求められます。
 

仕事をどうするか?

退院後の生活はどうするか?

介護保険はどう申請するか?

誰が親を支えるのか?

家族だけで対応できるのか?
 

こうなってから初めて、「地域包括支援センターってどこ?」と調べるより、元気なうちに、自分の親を担当する地域包括支援センターを知っておく。

それだけでも、いざという時の安心感は違います。

「相談する」=「すぐ介護サービスを使う」ではありません

早めに相談することをためらう理由の一つに、「一度相談したら、介護の話がどんどん進んでしまうのでは」という心配もあるかもしれません。

でも、相談することと、すぐに何かを決めることは別です。
 

まず、
 

「今はどのくらい心配する状態なのか?」

「どんな選択肢があるのか?」

「今のうちに何をしておけばよいのか?」
 

を知る。

それだけでも意味があります。
 

私は、介護準備で大切なのは、「困ってからサービスを探す」ことだけではなく、「困った時に相談できる場所を先に知っておく」ことだと思っています。

家族だけで答えを出そうとしなくていい

親のことだからこそ、家族は悩みます。
 

「まだ大丈夫だと思う」

「いや、そろそろ誰かに相談した方がいい」
 

兄弟の間でも意見が違うことがあります。
本人自身が、「私は何も困っていない」と言うこともあるでしょう。
 

そんな時に、家族だけで正解を出そうとすると疲れてしまいます。

地域包括支援センターのような第三者に相談することで、「今すぐ介護という段階ではない」と分かることもあるでしょうし、逆に、「早めに専門機関につないだ方がよい」と気づくこともあります。
 

大切なのは、家族だけで抱え込まないことです。

相談は無料。電話からでも大丈夫です

さいたま市のシニアサポートセンターは、相談を無料で利用できます。

電話や窓口などで相談でき、住んでいる地域によって担当センターが決まっています。
さいたま市の公式ページには、住所から担当センターを確認できる案内もあります。
 

なお、2026年4月から開所日は原則として、年末年始を除く平日・土曜日(祝日を含む)となり、日曜日は休業となっています。
開所時間はセンターによって異なるため、まず電話で確認するのがおすすめです。
 

「こんなことで電話していいのかな」と思う必要はありません。
 

市の公式案内にも、
 

「自分のこと」
「家族のこと」
「近所の方のこと」
 

についての悩みや疑問を相談できると明記されています。

私も「地域包括につながる前段階」をお手伝いしたい

一方で、
 

「地域包括に相談するほどなのか、自分でも分からない」

「親の状況をうまく説明できない」

「家族として、まず何を整理したらよいのか分からない」
 

という方もいらっしゃると思います。
 

私は、さいたま市で、そんな「介護準備・終活の“前段階の整理をお手伝い」していきたいと考えています。
 

親の状況を一緒に整理する。

家族が心配していることを言葉にする。

親にどう話を切り出すかを考える。
 

そして、公的な支援が必要なら地域包括支援センターなど適切な相談先につなぐ。

私自身がすべてを解決するのではなく、「必要な支援につながりやすくするための整理役」として、地域の中でお役に立てればと思っています。

今日からできる小さな一歩

今回、ぜひやっていただきたいことは一つです。
 

「親の住んでいる地域を担当するシニアサポートセンターを調べてみる」ことです。
 

今すぐ電話をしなくてもかまいません。
 

名前を知る。

場所を知る。

電話番号をスマートフォンに登録しておく。
 

それだけでも立派な介護準備です。
 

親の介護は、ある日突然始まることがあります。
 

その時、「どこに相談したらいいんだろう」から始めるのではなく、「あそこに相談してみよう」と言えるだけで、家族の安心感は変わります。
 

地域包括支援センターは、介護が始まってから行く場所ではありません。

「少し心配だな」と感じた時から知っておいてよい場所です。
 

介護を家族だけで抱え込まないためにも。

親も子も、できるだけ安心して暮らしていくためにも。
 

まずは、自分の地域の相談先を知るところから始めてみませんか?
 

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2026年08月21日 14:23

第7回「時間が分からない世界」で暮らすということ――「あとで」「さっき」「10時」があいまいになる

第7回

「今、何時?」そう聞かれて、「10時だよ」と答える。
 

しばらくすると、また、「今、何時?」と聞かれる。
 

「さっき言ったでしょう」
 

家族としては、ついそう言いたくなるかもしれません。
 

また、「病院は10時だから、あとで行こうね」と伝えたのに、何度も、「もう行くの?」「今日は病院じゃなかった?」と確認される。

こうした場面もあるかもしれません。
 

でも今回は、「どうして覚えていないの?」ではなく、少し違う方向から考えてみたいと思います。
 

もし、自分にとって当たり前だった「今」「さっき」「あとで」「明日」という時間のつながりが、だんだん分かりにくくなったら...。

私たちの毎日は、どんな世界に見えるのでしょうか?
 


私たちは、想像以上に「時間」に支えられて暮らしている

朝起きる。

時計を見る。
 

「7時だから、そろそろ朝食にしよう」と思う。

12時になれば昼食。

夕方になれば、「そろそろ夕飯の時間だ」と感じる。
 

病院の予約が10時なら、9時30分には家を出ようと考える。
 

私たちは毎日、時計・カレンダー・予定・過去の記憶をつなぎ合わせながら生活しています。
 

ところが、それをあまり意識することはありません。
 

「10時」

「明日」

「30分後」
 

という言葉を聞けば、その意味を自然に理解できるからです。
 

でも、もしその感覚が曖昧になったらどうでしょう?
 


「あとでね」と言われても、「あと」が分からない

例えば家族から、「あとで一緒に買い物に行こうね」と言われたとします。

私たちなら、「今すぐではない」ということが分かります。
 

そして、「少し待っていれば、そのうち行くのだろう」と考えられます。

ところが、「あとで」という時間の感覚が分かりにくかったら?
 

5分後なのか?

30分後なのか?

夕方なのか?

明日なのか?
 

本人にとっては、とても曖昧な言葉になるかもしれません。
 

その結果、「買い物はまだ?」「いつ行くの?」と何度も聞く。

周囲から見ると、「何度も同じことを聞いてくる」という行動に見えます。
 

でも本人側から見ると、「いつなのか分からなくて、不安になっている」のかもしれません。
 


「さっき」が、どのくらい前なのか分からない

私たちは普段、
 

「さっき食べたでしょう」

「さっき薬を飲んだよ」

「さっき説明したよ」
 

という言葉をよく使います。
 

でも、「さっき」とは何分前でしょうか?
 

5分前?

30分前?

1時間前?
 

実はかなり曖昧な言葉です。
 

私たちは出来事の記憶と時間の感覚を組み合わせて、「ああ、あのことね」と理解しています。

もしそのつながりが弱くなっていたら、「さっき言ったでしょう」と言われても、本人にとっては、「さっきって、いつのこと?」なのかもしれません。
 


「10時」が分かっても、10時までの距離が分からない

「今日は10時に病院ですよ」

時計を読むことができれば、それだけで予定を理解できるように思えます。
 

でも、
 

今が8時30分で、

10時まであと1時間30分あり、

9時30分になったら家を出る。
 

この一連の流れには、実はいくつもの判断が必要です。
 

だから本人が、「もう病院に行かなくていいの?」と何度も確認したとしても、単純に「予定を忘れた」とは限りません。

本人の中では、「現在と未来の時間がうまくつながっていない」のかもしれないのです。
 


もし自分が「時間のない世界」にいたら?

少し想像してみましょう。
 

あなたは知らない場所にいます。

時計があります。
 

でも、その時間が何を意味するのかよく分からない。
 

「10時に出発します」と言われた。

けれど、今からどのくらい待てば10時になるのか感覚がつかめない。
 

誰かに、「あとで迎えに来ます」と言われた。

でも、その「あとで」がいつなのか分からない。
 

待っても来ないように感じる。

不安になる。
 

もう一度聞く。
 

すると、「さっき言ったでしょう」と言われる。

もし自分だったら、どう感じるでしょうか。
 

きっと、「何度も聞いて申し訳ない」というより前に、
 

「分からない」
「不安だ」
「置いていかれたらどうしよう」

 

という気持ちになるのではないでしょうか?
 


「何度言えば分かるの?」ではなく、「分かる形」を探してみる

では、私たちはどう関わればよいのでしょうか?
 

大切なのは、「本人を時間に合わせようとするだけではなく、時間を分かりやすくする工夫を考えてみること」だと思います。
 

例えば、「あとで病院へ行くよ」だけではなく、「昼ごはんを食べたら病院へ行きます」と伝える。
 

「10時に出発するよ」だけではなく、「この時計の針がここに来たら出発します」と視覚的に示す。

予定を紙やホワイトボードに書いて、本人と一緒に確認する。
 

「さっき言ったでしょう」と過去を確認するより、

「大丈夫。今日は10時に病院ですよ」
 

と、今必要な情報を改めて伝える。
 

もちろん、すべての方に同じ方法が有効なわけではありません。

その人が分かりやすい方法を、一緒に探していくことが大切です。
 


「同じ質問」の後ろにある気持ちを見る

認知症のある方が同じ質問を繰り返すと、家族にとって負担になることもあります。
 

毎日何度も同じことを聞かれれば、いつも穏やかに答えられるとは限りません。
 

だから、「家族は何度でも優しく答えなければならない」という話ではありません。

家族にも生活があり、疲れることもあります。
 

ただ、「なぜ同じことを聞くのだろう?」というときに、
 

「覚えていないから」だけではなく、
「時間が分からず不安なのかもしれない」

 

という見方を一つ持っておく。

それだけでも、目の前の行動の見え方が少し変わることがあります。
 


私たちの「当たり前」を一つずつ外してみる

前回は、「見えているのに、見つけられない世界」について考えました。

今回は、「時間が分からない世界」です。
 

「見れば分かる」

「時計を見れば分かる」

「さっき言ったから分かる」

「10時と言えば分かる」
 

私たちは、自分たちの「当たり前」を基準に相手を見てしまいがちです。
 

でも、「本人にとっては、今この世界がどう見えているのだろう?」と一度想像してみる。

すると、「困った行動」だと思っていたものの向こう側に、「困っている本人」が見えてくることがあります。
 


「いつ?」と聞かれたら、その人の世界を想像してみる

「今、何時?」

「今日は何日?」

「病院はいつ?」
 

同じことを何度も聞かれたとき。

もちろん、毎回理想的な対応ができるわけではありません。
 

それでも、「また同じことを聞いている」だけで終わらず、「この人には今、時間がどう感じられているのだろう?」と想像してみる。

それが、「認知症世界」を理解するための小さな一歩なのだと思います。
 


次回は「言いたいのに、うまく言葉にならない世界」へ

私たちは、
 

「痛い」

「怖い」

「嫌だ」

「トイレに行きたい」

「助けてほしい」
 

と、言葉を使って自分の状態を伝えています。
 

ではもし、「伝えたいことはあるのに、それをうまく言葉にできなくなったら?」周囲には、その人の行動がどう見えるでしょうか?


次回、第8回は、「言いたいのに、うまく言葉にならないとしたら...。」

をテーマに、一緒に「認知症世界」を旅してみたいと思います。
 


9月27日、「読む旅」から「体験する旅」へ

この連載では、「認知症世界の歩き方」をヒントに、認知症のある方には、世界がどのように感じられているのだろう?

ということを考えてきました。
 

9月27日には、「認知症世界の歩き方」公認ファシリテーター(旅のガイド)として、実践ワークショップを開催します。
 

知識を一方的に学ぶだけではなく、参加者同士で考え、対話しながら、「本人から見えている世界」を旅してみる時間です。

認知症のあるご家族がいる方はもちろん、医療・介護・福祉関係者、地域で認知症について考えたい方、そして「今はまだ自分には関係ない」と感じている方にも、ぜひ体験していただきたいと思っています。
 

▼「認知症世界の歩き方」実践ワークショップ
https://ninchishousekai.peatix.com/

※認知症の状態や感じ方、困りごとの現れ方には個人差があります。本記事は、認知症のあるすべての方に同じことが起こるという意味ではありません。

2026年08月19日 15:25

【第3回】親4人、自分たち夫婦2人――最大6人の介護をどう考えるか?

第3回

全20回連載 「老後資金を増やす前に 介護で失わない家計のつくり方」

親の介護、自分たちの介護、仕事とお金――50代・60代が今から考えたい20の現実

親の介護が終われば、介護の問題は終わるのでしょうか?

前回の記事では、
 

自分の父親・母親。
配偶者の父親・母親。
 

夫婦で考えれば、最大4人の親について介護が必要になる可能性がある、というお話をしました。
 

しかし、50代・60代のライフプランを考えるときには、もう少し先まで見ておく必要があります。
 

なぜなら、親の介護の先には、「自分自身の介護」そして、「配偶者の介護」が待っている可能性があるからです。
 

つまり、
 

・自分の父
・自分の母
・配偶者の父
・配偶者の母
・自分
・配偶者
 

まで含めると、人生後半の介護について考える対象は、最大6人になります。
 

もちろん、6人全員に介護が必要になるという意味ではありません。
ましてや、6人分の介護費用を自分たち夫婦が準備しなければならない、という話でもありません。
 

私がお伝えしたいのは、「親の介護」と「自分たちの老後」を別々に考えないこと。

親の介護から自分たち夫婦の介護までを、一つの時間軸で見渡しておくことが大切だということです。
 

50代・60代は「介護する側」と「自分の老後を準備する側」が重なる

50代・60代という年代は、少し特殊な時期だと思います。
 

親は70代、80代、90代になり、病気や介護のリスクが高くなっていきます。
 

一方で自分自身も、
 

・定年
・再雇用
・役職定年
・収入の減少
・住宅ローン
・老後資金
・年金
・これからの働き方
 

といった問題を考えなければなりません。
 

つまり、「親を支える時期」と、「自分たちの老後を準備する時期」が重なっているのです。
 

ここを別々に考えてしまうと、「老後のためにこれだけ貯めれば大丈夫」と思っていた資金を、親の介護が始まったことで取り崩すことになる。

あるいは、介護のために働き方を変え、想定していた収入が得られなくなる。
 

そんなことも起こり得ます。
 

実際に「介護する側」も高齢化しています

厚生労働省「2025(令和7)年 国民生活基礎調査」によると、要介護者等と同居している主な介護者の年齢の組み合わせでは、
 

「60歳以上同士」が79.0%

「65歳以上同士」が61.9%
 

となっています。
 

つまり、「高齢の親を若い子どもが介護する」というケースだけではなく、「高齢者が高齢者を介護する」いわゆる老老介護が、すでに珍しくない状況になっています。
 

親の介護が長期間続けば、介護を始めたときには50代だった子どもが、親の介護を続けるうちに60代になることもあります。

配偶者同士の介護もあります。
 

だからこそ、「親の介護だけ何とかすればいい」という考え方では、人生後半のライフプランとして十分ではないのです。
 

【引用・参考】
厚生労働省「2025(令和7)年 国民生活基礎調査の概況 介護の状況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa25/dl/14.pdf
 

介護する相手は「親」だけとは限りません

介護という言葉を聞くと、「子どもが親を介護する」というイメージを持つ方が多いかもしれません。
 

しかし、実際には配偶者が介護を担うケースもあります。
 

厚生労働省の2022年国民生活基礎調査では、要介護者等と同居している主な介護者を続柄別に見ると、
 

「配偶者」が22.9%
「子」が16.2%
 

となっています。
 

つまり、自分自身が要介護状態になった場合、最初に介護を担う可能性があるのは、自分の子どもとは限りません。
 

配偶者かもしれません。

逆に、配偶者に介護が必要になれば、自分自身が主な介護者になる可能性があります。
 

自分が75歳、配偶者が73歳。

自分が80歳、配偶者が78歳。
 

そうした年代になってから、
 

「誰が介護するのか?」

「どこで暮らすのか?」

「どのお金を使うのか?」
 

を初めて考えるのでは、選択肢が限られてしまう場合があります。
 

【引用・参考】
厚生労働省「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況 介護の状況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/dl/14.pdf
 

「親の介護費」と「自分たちの介護費」を混ぜない

ここで、老後資金を考えるうえで非常に重要なポイントがあります。
 

それは、「親の介護に使うお金」と、「自分たち夫婦の老後・介護に必要なお金」を、できるだけ混ぜないことです。
 

親に介護が必要になった場合、まず親自身の年金や預貯金などを活用して介護を組み立てることを基本に考えます。
 

もちろん、家庭によって事情は異なります。

親の資産が十分でないケースもあります。

子どもが一部を援助するケースもあるでしょう。
 

しかし、何のルールも決めないまま、「足りなければ、その都度子どもが出す」という状態になってしまうと、自分たちの老後資金まで少しずつ減っていく可能性があります。

しかも、それが数年間続くかもしれません。
 

介護は「いつまで続くか」が分かりません

生命保険文化センターの2024年度調査では、介護経験者の介護期間は平均4年7カ月でした。
 

一方で、4年以上介護した人も約4割います。
 

一時的な介護費用は平均47.2万円。

月々の介護費用は平均9.0万円。

在宅では月平均5.3万円、施設では月平均13.8万円となっています。
 

もちろん、これは平均値であり、「1人につき必ずこれだけかかる」という数字ではありません。
 

要介護度、介護期間、在宅か施設か、本人の所得や資産、公的制度の利用状況などによって大きく異なります。
 

ただ、ここから分かる大切なことがあります。
 

介護は、「来月いくら必要か?」だけではなく、「何年間続くか分からない支出」として考える必要があるということです。
 

【引用・参考】
公益財団法人 生命保険文化センター
「介護にはどれくらいの費用・期間がかかる?」
https://www.jili.or.jp/lifeplan/lifesecurity/1116.html
 

こんな「介護の連鎖」も考えておく必要があります

例えば、55歳の夫婦を想像してみてください。
 

夫の父が82歳。
夫の母が80歳。
妻の父が84歳。
妻の母が79歳。

自分たちは55歳前後。
 

現在は4人の親が元気だったとしても、これから10年、20年の間に状況が変わる可能性があります。
 

最初に夫の母の介護が始まる。

数年後、妻の父にも介護が必要になる。

夫婦で仕事をしながら、双方の親への対応をする。

その間に自分たちは60代になる。

親の介護が一段落した頃には、自分たちが70代になっている。
 

そして今度は、自分または配偶者に介護が必要になる。
 

決してすべての家庭がこのようになるわけではありません。
 

しかし、「親の介護」と「自分たちの介護」の間には、必ずしも十分な空白期間があるとは限らない。

この可能性を知っておくことが大切です。
 

だから「介護計画」が先、「マネープラン」はその後

老後資金の相談では、
 

「老後にいくら必要ですか?」

「NISAはいくら積み立てればいいですか?」

「年金は何歳から受け取るのが得ですか?」
 

という質問が出てきます。
 

もちろん、大切な問題です。
 

しかし私は、その前に確認したいことがあります。
 

親が介護になった場合、誰が動くのでしょうか?

親自身の年金や資産を家族は把握しているでしょうか?

在宅介護を希望しているのでしょうか?

施設を希望しているのでしょうか?

兄弟姉妹はどう分担するのでしょうか?

仕事はどのように続けるのでしょうか?
 

そして、

自分や配偶者に介護が必要になったとき、どこで暮らしたいのでしょうか?

こうした「介護計画」が見えてこなければ、本当に必要な老後資金も見えてきません
 

だから私は、「介護計画を考えたうえで、マネープランを考える」という順番が大切だと思っています。
 

「6人分の介護費用を用意する」という話ではありません

この連載で「最大6人」という言葉を使うと、「そんなにお金を準備できるはずがない」と思われる方もいるでしょう。
 

6人分の介護費用を自分たちで準備しましょう、という話ではありません。
 

考えたいのは、「6人を一つの財布で支えること」ではなく、「それぞれについて、誰が・何を・どのお金で支えるのかを整理すること」です。
 

例えば、
 

親の介護費用
→基本的には親自身の年金・資産


自分たち夫婦の介護費用
→自分たちの老後資産・年金


子どもの役割
→介護そのものを抱え込むのではなく、制度やサービスを利用しながら支援体制を整える


といったように分けて考えます。
 

この整理ができていれば、親の介護が始まったからといって、無制限に自分たちの老後資金からお金を出すことを防ぎやすくなります。
 

お金だけではありません。「誰が動くか」も重要です

介護について家族で考える際、「費用はいくらか?」だけを話し合っても十分ではありません。
 

実際には、
 

・病院から連絡を受ける人
・通院に同行する人
・介護認定の申請をする人
・ケアマネジャーと連絡を取る人
・施設を探す人
・実家を管理する人
・お金を管理する人
・兄弟姉妹に情報共有する人
 

など、さまざまな役割があります。
 

一人がすべて引き受ければ、仕事との両立が難しくなります。
 

結果として、「もう会社を辞めるしかない」という判断につながる可能性もあります。
 

ですから、介護離職を防ぐためにも、お金の準備と同時に、「家族の役割分担」を考えておくことが重要です。
 

自分たち夫婦についても、今から話しておく

そして、もう一つ。

親について話すだけでなく、自分たち夫婦でも話してみてください。
 

例えば、
 

「介護が必要になったら、自宅で暮らしたい?」

「施設という選択肢はどう思う?」

「子どもには、どこまで頼みたい?」

「認知症になった場合、お金の管理はどうしたい?」
 

こうした話です。
 

50代では、「まだ早い」と感じるかもしれません。
 

しかし、元気で判断力がある今だからこそ、落ち着いて話すことができます。
 

介護が必要になってから考えるよりも、「どう生きたいか?」という人生の希望として話しておく方が、前向きな話し合いになるのではないでしょうか?
 

私自身、両親の介護から感じていること

私自身、両親の介護に直面して感じるのは、「介護は、一人だけを見ていれば済む問題ではない」ということです。
 

父の状態。

母の状態。

施設との連絡。

病院とのやり取り。

仕事との調整。

そして、自分自身の生活。
 

一つが変化すると、ほかにも影響します。
 

だからこそ、一人の介護だけを見るのではなく、「家族全体の生活をどう維持するか?」という視点が必要だと感じています。
 

そして、さらに先には、自分自身の老後があります。
 

親の介護のために自分たちの老後を壊してしまっては、介護の負担を次の世代に渡してしまう可能性があります。
 

だからこそ、
 

親を支えることと、

自分たちの人生を守ること。
 

この二つを両立させる必要があるのだと思います。
 

今日からできること――「6人の介護マップ」を作ってみる

ぜひ、紙を1枚用意してみてください。
 

そして、
 

① 自分の父
② 自分の母
③ 配偶者の父
④ 配偶者の母
⑤ 自分
⑥ 配偶者
 

の6人を書きます。
 

それぞれについて、次の項目を確認してみてください。
 

・現在の年齢
・健康状態
・現在の住まい
・介護が必要になった場合の希望
・年金や資産を家族が把握しているか?
・誰が最初に対応する可能性が高いか?
・自宅からの距離
・兄弟姉妹など協力できる人がいるか?

 

全部埋める必要はありません。

「分からない」がたくさんあっても大丈夫です。
 

むしろ、
 

どこが分からないのか?

何を家族で話していないのか?
 

それが見えることに意味があります。
 

老後資金を増やす前に、介護で失わない仕組みをつくる

人生後半のお金を考えるとき、
 

年金。

退職金。

預貯金。

NISA。

資産運用。
 

だけを見るのではなく、
 

親の介護。

配偶者の親の介護。

自分自身の介護。

配偶者の介護。

そして、介護と仕事をどう両立するのか?
 

ここまでを一つのライフプランとして考えることが必要です。
 

老後資金を増やす前に、介護で失わない仕組みをつくる。

そのための第一歩は、「介護は親だけの問題ではない」と気づくことなのかもしれません。
 

次回予告

第4回は、「介護費用は月9万円だけではない――平均数字の正しい見方」をテーマにお伝えします。
 

「介護には平均でいくらかかるのか?」

多くの方が気になるテーマですが、平均額だけを見て介護資金を考えることには注意が必要です。
 

在宅と施設の違い、介護期間、見えにくい費用なども含めて、「介護費用の数字をどう読むべきか」を考えていきます。
 

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2026年08月16日 18:12

想定外の介護|第6回朝は普通だった父が、数時間後には危険な状態になった

第6回

「さっきまで大丈夫だった」が通用しない、高齢者介護の想定外

※この記事は、私自身の父の介護経験をもとに、本人の尊厳と個人情報に配慮しながら構成しています。
また、介護施設の対応を批判するものではありません。
施設職員の方々が父の変化に気づき、対応し、その状況を家族に共有してくださったことで、私たちが知ることのできた介護の現実です。
 


朝食の時は、いつもと大きく変わらなかった

父について施設から教えていただいた話の中で、私が特に驚いたことがあります。
 

ある日の朝。

父は普段どおり朝食をとっていました。

その時点では、特に目立った症状はなかったそうです。
 

少なくとも家族がその姿を見ていたら、「今日も大丈夫そうだ。」と思ったのではないでしょうか?
 

ところが、その数時間後。

午前10時頃に父の呼吸状態が急激に悪化しました。
 

施設の方からは、間質性肺炎の「急性増悪」が起こり、酸素飽和度が大きく低下し、かなり危険な状態だったと聞きました。
 

私はその話を聞いた時、思わず、「朝は普通だったのに...?」と思いました。
 

朝食をとっていた父が、わずか数時間後には危険な状態になっていた。

これもまた、私にとって大きな「想定外の介護」でした。
 


そもそも「間質性肺炎」とは、どんな病気なのか?

ここで、間質性肺炎について少しだけ触れておきたいと思います。
 

肺の中には、「肺胞」と呼ばれる小さな袋がたくさんあり、そこで体内に酸素を取り込んでいます。

間質性肺炎では、この肺胞の壁などに炎症や損傷が起こり、壁が厚く硬くなる「線維化」が進むことがあります。その結果、肺から酸素を取り込みにくくなり、進行すると息切れや、痰をあまり伴わないせきなどが現れることがあります。
 

また、「間質性肺疾患」は一つだけの病気を指す言葉ではありません。

原因が分からないものだけでなく、膠原病、薬剤、放射線治療、感染症、アレルギーなど、さまざまな原因や病型があります。
したがって、経過や治療、急変のしやすさも人によって違います。
 

私自身も、父がこの病気になるまでは「間質性肺炎」という言葉を詳しく知りませんでした。

病名を知った後も、「肺の病気なのだ。」という程度の理解と、「実際の生活の中で、どんなことが起こり得るのか?」という理解には、大きな隔たりがあったように思います。
 


「急性増悪」とは何なのか?

さらに、今回の父の出来事を理解するうえで重要なのが、「急性増悪」という言葉です。

日本呼吸器学会では、特発性間質性肺炎などの一部では、それまで比較的安定していた状態から、1か月以内という短期間に症状が急激に悪化することがあり、それを「急性増悪」と呼ぶと説明しています。

感染症や心不全などをきっかけに呼吸状態が急に悪化する場合もあります。
 

つまり、「少しずつ悪くなっていく。」とは限らないのです。
 

昨日まで比較的落ち着いていた。

朝も食事をしていた。
 

ところが、その後に呼吸状態が一気に悪化する。

父に実際に起きたのは、まさにそうした変化でした。
 


酸素飽和度が下がるとは、どういうことなのか?

施設からの連絡には、「酸素飽和度がかなり低下した。」という話もありました。
 

酸素飽和度、一般に「SpO2」と呼ばれる数値は、血液中のヘモグロビンに、どの程度酸素が結びついているかを皮膚の上から測ったものです。
指先にパルスオキシメーターを挟んで測る数値、と言えばイメージしやすいかもしれません。
 

もちろん、数値だけで個々の人の状態を単純に判断することはできません。

しかし、普段の状態から大きく低下することは、呼吸状態の変化を知る重要な手がかりになります。
血中の酸素が十分でない状態は、重症になると生命に関わる場合もあります。
 

私は父について、「酸素の数字が下がった。」という短い説明の裏側に、これほど重大な意味があることを改めて実感しました。
 


「朝は大丈夫だった」が安心材料にならないことがある

私たちは親の状態を、その瞬間の姿で判断します。
 

電話をしたら声が元気だった。

面会したら普通に会話ができた。

食事も食べていた。

歩いていた。

笑顔もあった。
 

そうすると、「まだ大丈夫そうだ。」と安心します。

私自身もそうでした。
 

でも父の経験を通じて、「今、大丈夫そうに見えること」と「この後も大丈夫であること」は、同じではないと知りました。
 

朝食を食べられた。

だから今日は大丈夫。
 

必ずしも、そうとは限らない病気もあるのです。
 


高齢者の場合、「一つの変化」が大きな変化につながることがある

ここで、もう一つ知っておきたいことがあります。
 

高齢になると、若い頃と比べて身体の「予備力」が低下していくことがあります。

国立長寿医療研究センターは、加齢に伴って身体の予備能力が低下し、フレイルと呼ばれる脆弱な状態になると、日常生活で起こるさまざまなストレスに対処する力が低下し、生活能力が大きく落ちることがあると説明しています。
 

すべての高齢者が同じという意味ではありません。
 

ただ、
 

若い人なら乗り越えられる体調変化が、高齢者には大きく影響する。

一つの入院をきっかけに歩く力が落ちる。

一つの感染症から急に状態が変わる。

治療によって別の持病への対応が変わる。
 

そんなことが起こる場合があります。
 


高齢者は「一つの病気だけ」を抱えているとは限らない

さらに高齢者の場合、複数の慢性疾患を持っていることも珍しくありません。
 

厚生労働省の高齢者向け資料でも、高齢期には糖尿病、心疾患、呼吸器疾患、慢性腎臓病、骨粗しょう症などの慢性疾患に加えて、認知機能低下、筋力低下、摂食・嚥下障害などが複雑に関係することが示されています。
 

父もそうでした。
 

間質性肺炎だけではありません。

糖尿病という持病もありました。
 

前回の記事で書いたように、間質性肺炎の治療をきっかけに糖尿病の管理方法が変わり、朝・昼・晩3回のインスリン注射が必要になりました。
 

間質性肺炎が落ち着いた。

だから元の生活に戻れる。

そうではありませんでした。
 

一つの病気の治療が、別の持病の管理に影響し、その結果、自宅へ戻ることが難しくなりました。

そして今回は、比較的落ち着いて生活している中で、間質性肺炎そのものが突然悪化しました。
 


病気の種類によって「想定外の形」も違う

介護の想定外は、すべて同じ形で起きるわけではありません。
 

呼吸器の病気であれば、父のように呼吸状態が急激に変化することがあります。

糖尿病であれば、薬や注射、食事との関係が毎日の暮らしに深く入り込むことがあります。
 

筋力や歩行能力が落ちれば、昨日まで行けていたトイレに一人で行けなくなることがあります。

認知機能が低下すれば、薬を飲んだかどうかが分からなくなったり、トイレに行くタイミングを判断しにくくなったりすることもあります。
 

つまり、「親に何の病気があるのか?」によって、起こり得る想定外も変わってくるのです。

だから私は、「介護」と一言で考えることが難しいのだと思うようになりました。
 


「病気」と「介護」は別々ではなかった

父母の介護を経験する前の私は、
 

病気は病院の話。

介護は生活の話。
 

どこか別々のものとして考えていたように思います。
 

でも実際には違いました。
 

父の間質性肺炎。

糖尿病。

インスリン注射。

排せつ。

服薬。

入浴。

歩行。
 

どれも別々の問題ではありません。
 

病気が変化すると、生活が変わる。

生活力が落ちると、介護が増える。
 

治療内容が変わると、家族の支援方法まで変わる。

医療と介護と暮らしは、すべてつながっていました。
 


第5回では「退院できる」と安心した直後に、想定外が起きた

前回の記事では、父の間質性肺炎が落ち着き、「これで退院して自宅へ帰れる。」と安心した矢先の出来事を書きました。
 

治療の影響で糖尿病の管理方法が変わり、朝・昼・晩3回のインスリン注射が必要になった。

その結果、自宅へ戻ることが難しくなり、介護付き有料老人ホームへの入居を選ぶことになった。
 

そして今回。

施設で比較的落ち着いて生活していると思っていた父に、突然の急変が起きました。
 

私は改めて感じました。

介護の想定外は、一度では終わらない。
 

一つを乗り越えたから、「これでもう大丈夫。」とは言えないことがあるのです。
 


もし自宅で一人だったら

父の話を聞いて、どうしても考えてしまったことがあります。
 

もし、あの日。

父が施設ではなく、自宅にいたら。
 

朝食を普通に食べている姿を見て、「今日は大丈夫そうだね。」と家族が仕事へ出かけていたら。
 

そして、その数時間後に急変していたら。
 

もちろん、これは仮定の話です。
 

自宅介護が悪いという話でもありません。

施設介護が必ず安全という話でもありません。
 

ただ、「朝は普通だったから、一人でも大丈夫だろう。」という判断だけでは分からないリスクがある。

私は父の経験から、そのことを強く感じました。
 


「うちの親も、見えていないだけかもしれない」

この連載で、読者の皆さんを怖がらせたいわけではありません。

不安を煽ることが目的でもありません。
 

私が伝えたいのは、「そんなことも起こるのか?」という現実です。
 

高齢者の場合、身体の予備力が低下していることがあります。

複数の持病を抱えていることもあります。
 

そして病気の種類によっては、ゆっくり悪くなるだけではなく、突然状態が変わることもあります。
 

昨日元気だった。

朝も普通だった。

だから今日も大丈夫。
 

必ずしも、そうとは限りません。
 

だからこそ、
 

「親は今、どんな病気を持っているのか?」

「その病気では、どんな変化が起こる可能性があるのか?」

「家族はどこまで知っているのか?」
 

一度考えてみることには意味があると思います。
 


私が作成した「親が倒れる前の介護準備チェックシート」では、かかりつけ医、服薬、持病・既往歴、急な入院時の連絡先なども確認できるようにしています。
 

親の持病や既往歴を「おおよそ把握しているか」も、30項目の一つです。
 

今すぐ何か重大な決断をする必要はありません。

まずは、「自分は、親の病気についてどこまで知っているだろう?」
 

そんな問いを、自分に向けてみるところからでもよいのではないでしょうか?
 

介護は、一つの出来事ではありません。
 

高齢であること。

持病があること。

病気の種類。

治療の変化。
 

それらが重なり合いながら、家族が想像していなかった介護につながることがあります。
 

それもまた、私が父の介護から知った「想定外の介護」の現実です。
 

▼親が倒れる前の介護準備 簡易診断アプリはこちらから
 

親が倒れる前の介護準備チェックシートはこちらから
 

▼親の介護や介護準備が気になっている方はこちらをご覧ください。

2026年08月15日 17:19

「5万円の特別レク」は高い?敬老会イベントの費用対効果を考える

連載⑪

レクが変わると、施設が変わる。

「外部レクに5万円か...。ちょっと高いかな?」

敬老会などの特別イベントを検討しているとき、こう感じる施設長や管理者の方もいらっしゃるのではないでしょうか?
 

普段、職員の皆さまが施設内で行っているレクリエーションと比較すれば、「1回5万円」という金額は決して小さくありません。

だからこそ大切なのは、「5万円は高いか、安いか」だけで判断しないこと。」ではないでしょうか?
 

その5万円によって、

  • 利用者様にどんな体験を届けられるのか?

  • 職員の企画・準備負担はどう変わるのか?

  • 何人の方が楽しめるのか?

  • 敬老会らしい特別な時間になるのか?

  • 当日の画像を採用などのHPなどに活用できないか?

  • SNSによる情報発信に活用できないか?

まで含めて考えることが必要だと思います。

今回は、敬老会などの特別レクリエーションの「費用対効果」について考えてみます。
 


普段のレクと「特別レク」は、同じ物差しで比べない

まず整理しておきたいのは、毎日のレクリエーションと敬老会のような特別イベントは、役割が少し違うということです。

普段のレクには、

  • 身体を動かす

  • 人との交流を楽しむ

  • 日々の生活にメリハリをつくる

  • 安心できる習慣をつくる

といった大切な役割があります。

一方、敬老会や周年行事、クリスマス会などは、「今日は特別な日」と感じていただくための機会でもあります。

ですから、「毎週のレクなら5万円は高い。」という判断と、「年に一度の敬老会として5万円をどう考えるか?」は、分けて考えることも必要なのではないかと思います。
 


「1回5万円」ではなく「何人に届けられるか?」で考えてみる

たとえば、50名の利用者様が参加するイベントであれば、5万円は単純計算で1人あたり約1,000円です。

30名なら、1人あたり約1,700円です。
 

もちろん、人数だけで費用対効果が決まるわけではありません。

しかし、「1回5万円」という数字だけを見るのと、「利用者様一人ひとりに、どんな体験を届けられるのか?」「他の活用方法があるのではないか?」という視点で見るのとでは、印象が変わります。
 

特に、見るだけでも楽しめて、希望する方は少し参加もできるようなプログラムであれば、身体状況の異なる多くの利用者様が同じ空間で楽しめる可能性があります。
 


見落とされやすいのが「職員の準備時間」というコスト

施設内でイベントを行う場合、表面的な費用はあまりかからないことがあります。
 

しかし、その裏側では、「今年は何をしよう。」と企画を考え、
 

必要な物を探し、

買い出しをし、

飾り付けをつくり、

出し物を練習し、

当日の進行を確認する。
 

こうした時間がかかっています。
 

もちろん、職員の皆さまが工夫してつくるイベントには、外部サービスにはない素晴らしさがあります。
 

だから、すべて外部に任せればよいということではありません。
 

ただ、「施設内で行えば無料」ではないという視点は持っておきたいところです。

職員の準備時間も、施設にとって大切な経営資源だからです。
 


外部レクの価値は「職員も一緒に楽しめること」にある

外部レクを活用する大きなメリットの一つは、職員の皆さまの役割を変えられることだと思います。
 

施設内だけでイベントを運営すると、
 

司会をする。
音楽を流す。
道具を配る。
進行する。
盛り上げる。
 

職員の皆さまはどうしても「運営する側」になります。
 

一方、外部の専門家に進行を任せられれば、
 

利用者様の隣に座る。
一緒に拍手する。
声をかける。
普段とは違う表情に気づく。
 

そんな関わりがしやすくなります。

私は、これも特別レクに費用をかける価値の一つだと思っています。
 


「楽しかった」で終わらない価値も考えてみる

敬老会の価値は、その場で利用者様が楽しむことだけではありません。
 

イベントのあとに、
 

「昨日は楽しかったですね。」

と利用者様と職員の会話が生まれる。

写真を見ながら思い出を振り返る。

ご家族に、その日の様子を伝える。

施設だよりや広報で、施設の取り組みとして紹介する。
 

そうした形で、イベント後にも体験を活かすことができます。

特別イベントは、「その1時間だけの出来事ではなく、その後の会話や交流につながる可能性がある。」という視点も、費用対効果を考えるうえでは大切だと思います。
 


では「5万円ならやるべき」なのか?

ここは、はっきりお伝えしておきたいと思います。
 

5万円だから価値があるわけでも、特別レクなら必ず導入した方がよいわけでもありません。
 

たとえば、

  • 何のために実施するのか明確でない。

  • 利用者様の状況に内容が合っていない。

  • 会場条件が合わない。

  • 施設の予算に無理がある。

  • 職員側の準備が想定以上に必要。

という場合には、別の方法を考えた方がよいこともあります。
 

大切なのは、「5万円を使うこと」ではなく、その施設にとって「5万円を使う意味があるか?」を判断することです。
 


費用対効果を考える5つの質問

敬老会などの外部レクを検討するときは、次の5つを考えてみてください。

① このイベントの目的は何ですか?

長寿をお祝いしたいのか?
特別な体験を届けたいのか?
ご家族も含めて楽しみたいのか?

目的が違えば、選ぶ内容も変わります。

② 何人くらいの利用者様が楽しめますか?

一部の方だけでなく、見るだけでも楽しめる方を含めて考えてみます。

③ 職員の企画・準備時間はどのくらい減らせますか?

外部に依頼することで、どこまで施設側の負担を軽くできるのか確認します。

④ 普段のレクにはない「特別感」がありますか?

年に一度の敬老会なら、「今日はいつもと違う」と感じられる価値も大切です。

⑤ イベント後にも活かせますか?

利用者様との会話、ご家族への報告、施設内広報など、その後につながる体験になっているかを考えます。

この5つに照らして考えると、単純な価格比較ではなく、「自施設にとっての価値」で判断しやすくなります。
 


室内サーカスの場合はどう考える?

私がご紹介している高齢者施設向けの室内サーカス型レクリエーションも、基本料金は5万円からです。

その特徴は、単にショーを見るだけではなく、「見る楽しさと、参加する楽しさを組み合わせられること」にあります。
 

利用者様全員が同じことをする必要はありません。
 

見る。
拍手する。
笑う。
少し体験してみる。

それぞれの形で一緒の時間を楽しむ。
 

敬老会のように、身体状況の異なる多くの方が集まるイベントでは、こうした参加の幅は一つのメリットになると考えています。
 

とはいえ、施設によって条件は違います。

だからこそ、「サーカスをやるかどうか?」から考えるのではなく、「今年の敬老会で、どんな時間を利用者様に届けたいのか?」から考えることをおすすめしています。
 


5万円を見る前に、まず「目的」を見る

「5万円は高いですか?」と聞かれたら、私は、「何を実現したいかによります。」と答えます。
 

普段のレクとして考えれば、高く感じるかもしれません。
 

一方、
 

年に一度の敬老会で、
多くの利用者様が一緒に楽しみ、
職員の準備負担を抑え、
いつもとは違う特別な時間を届けたい。
 

という目的であれば、検討する価値はあると思います。
 

大切なのは、「金額からイベントを選ぶのではなく、目的から予算を考えること。」

これが、敬老会の費用対効果を考える一つのポイントではないでしょうか?
 


施設長向け「5万円の特別レク」判断チェック

候補となる外部レクが見つかったら、次の項目を確認してみてください。

  • 敬老会で実現したいことが明確になっている。

  • 多くの利用者様がそれぞれの形で楽しめそう。

  • 職員の企画・準備負担を抑えられる。

  • 日常レクとは違う特別感がある。

  • 金額だけでなく、得られる体験まで含めて比較している。

  • 他の施設との差別化が図りたい。

3つ以上チェックがつくなら、一度具体的に内容と見積もりを比較してみてもよいと思います。
 


「秋の施設イベント30分無料相談」のご案内

「5万円をかける価値があるのか判断できない。」

「うちの規模なら、どんなイベントが合うのだろう。」

「敬老会に何か特別なことをしたいけれど、予算とのバランスで迷っている。」


そんな施設様を対象に、

秋の施設イベント30分無料相談

を行っています。
 

利用者様の人数、身体状況、会場、ご予算、職員体制などを伺いながら、「その施設では、何にお金をかけると最も価値が生まれるのか?」

を一緒に整理します。
 

室内サーカスありきのご相談ではありません。
 

まずは、今年の敬老会や秋イベントで何を実現したいのかから、一緒に考えます。
 

キャリア&ライフプラントータルサポート
代表 山岸 博幸
TEL:090-3903-8408
HP:https://career-life.org/

▼秋の施設イベント無料相談のお申込みはこちらから

2026年08月14日 17:54

第6回 「見えているのに、見つけられない」ってどういうこと?

第6回

「あれ、メガネがない」
 

そう言いながら、テーブルの上を何度も探している。

でも、メガネは目の前に置いてある。
 

家族からすれば、
 

「そこにあるじゃない」

「目の前にあるよ」
 

と思うような場面です。
 

あるいは、「鍵がない」と言って家の中を何度も探している。
 

でも、鍵はいつもの場所に置いてある。
 

こうした場面に出会うと、周囲の人はつい、
 

「ちゃんと見て」

「さっきからそこにあるよ」

「どうして分からないの?」
 

と言いたくなるかもしれません。
 

でも、ここで少しだけ立ち止まって考えてみたいのです。
 

本人には、本当に私たちと同じように見えているのでしょうか?
 


「目に入っている」と「見つけられる」は同じではない

私たちは普段、「見えているのだから、分かるはず」と思っています。
 

けれども、物を見るという行為は、単に目に映すだけではありません。
 

たくさんの情報の中から必要なものに気づき、
 

「これはメガネだ」

「これは自分の鍵だ」
 

と認識し、目的のものとして見つける。
 

私たちは、こうしたことをほとんど意識せずに行っています。
 

認知症のある方の場合、このような情報の整理や認識が難しくなることがあります。
 

つまり、「目には入っているのに、探しているものとして気づけない。」
 

そんなことが起こる場合があるのです。
 


もし、自分だったらどう感じるでしょうか?

想像してみてください。
 

あなたは確かにここに置いたはずの鍵を探しています。
 

テーブルを見る。

棚を見る。

バッグの中を見る。
 

でも見つからない。
 

家族からは、「目の前にあるじゃない」と言われます。
 

もう一度見る。

それでも分からない。
 

さらに、「どうして分からないの?」と言われる。
 

もし自分だったら、どんな気持ちになるでしょうか?
 

「自分がおかしくなってしまったのだろうか?」

「どうして見つけられないんだろう...。」

「ちゃんと探しているのに...。」
 

そんな不安や焦りを感じるかもしれません。
 

場合によっては、恥ずかしさや苛立ちにつながることもあるでしょう。
 

周囲から見れば、「探し方が悪い人」に見える。
 

でも本人側から見れば、「見つけられずに困っている人」なのかもしれません。
 

これは、これまでこの連載で繰り返し考えてきた視点でもあります。
 


「もっとよく見て」では解決しないこともある

家族としては、「ほら、ここ」と教えてあげたくなります。
 

もちろん、それで本人が気づけることもあります。
 

でも、「ちゃんと見れば分かるでしょう」と繰り返すだけでは、うまくいかない場合もあります。
 

なぜなら、本人は「見ようとしていないのではなく、見つけにくい状態にある」可能性があるからです。
 

例えば、
 

テーブルの上にたくさんの物が置いてある。

模様の多いクロスの上に鍵が置いてある。

周囲にいろいろな色や形がある。
 

そんな状況では、探している物が周囲の情報に紛れてしまうことがあります。
 

私たちにとっては簡単な状況でも、本人にとっては、「どれを見ればいいのか分からない世界」になっているのかもしれません。
 


「探す力」を試すより、「見つけやすくする」

そこで、発想を少し変えてみます。
 

「本人が見つけられるかどうか?」を試すのではなく、「どうすれば見つけやすくなるだろう?」と考えてみるのです。


例えば、
 

いつも使う物の置き場所を決める。

テーブルの上をできるだけ整理する。

周囲とはっきり区別できる場所に置く。
 

一度にたくさんのことを伝えず、「ここにありますよ」とゆっくり示す。
 

本人と一緒に探す。
 

ほんの少し環境や伝え方を変えるだけで、本人自身が見つけられることもあります。
 

大切なのは、
 

「できないから代わりに全部やってしまう」ことでも、「できるまで何度もやらせる」ことでもありません。
 

本人ができる形を一緒に探していくことではないでしょうか?
 


私たちの「当たり前」が、本人にも当たり前とは限らない

今回のテーマは、「見えているのに、見つけられない」でした。
 

これは少し不思議に感じるかもしれません。
 

でも、「認知症世界の歩き方」を考えていくときに、とても大切なのは、

「私たちの当たり前を、そのまま本人の当たり前だと思わないこと」だと私は感じています。
 

「見えているんだから分かるはず」

「ここにあるんだから見つかるはず」

「さっき説明したんだから覚えているはず」
 

私たちは無意識のうちに、自分の世界を基準にして相手を見ています。
 

でも、本人が生きている世界から考えてみると、「なるほど、だから困っていたのか」と見え方が変わることがあります。
 


「どうして分からないの?」から「どう見えているんだろう?」へ

認知症のある方への関わりには、一つの正解があるわけではありません。
 

認知症の症状や困りごとの現れ方も、人によって違います。
 

だからこそ、「認知症だからこうだ」と決めつけるのではなく、「この人には、今この場面がどう見えているんだろう?」と想像してみる。
 

その問いを持つだけでも、私たちの言葉や関わり方は少し変わってくるのではないでしょうか?
 

「どうして見つけられないの?」ではなく、「どうすれば見つけやすくなるだろう?」へ。
 

相手を変えようとする前に、私たちの見方を少し変えてみる。

それも、認知症のある方とともに暮らしていくための大切な一歩なのだと思います。
 


次回は「時間が分からない世界」を旅してみます

私たちは毎日、
 

「あとで」

「さっき」

「明日」

「10時になったら」
 

と、時間を当たり前のように使っています。
 

でも、もしその「時間の感覚」が分かりにくくなったとしたら?
 

次回は、「時間が分からない世界」で暮らすということを一緒に考えてみたいと思います。

認知症世界の旅は、まだ続きます。
 


9月27日「認知症世界の歩き方」実践ワークショップを開催します

このブログ記事では文章を通して、「本人にはどんな世界が見えているのだろう?」ということを一緒に考えています。
 

9月27日には、「認知症世界の歩き方」公認ファシリテーター(旅のガイド)として、実践ワークショップを開催します。
 

認知症について「教えてもらう」だけではなく、参加者のみなさんと一緒に、本人が生きている世界を想像し、考え、対話していく時間です。
 

ご家族に認知症のある方はもちろん、医療・介護・福祉に関わる方、地域で認知症について考えてみたい方、そして「まだ自分には関係ない」と思っている方にも参加していただければと思っています。
 

※認知症の症状や困りごとの現れ方には個人差があります。本記事は、特定の方の状態を一律に説明するものではありません。

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2026年08月12日 14:46

【第5回】親が元気なうちに準備することは、親を急かすことではない

第5回

さいたま市で親の介護が心配になったら読む話

急な入院・介護で家族が慌てないためのやさしい準備

「親が元気なのに、介護や終活の話をするのは早すぎるのではないか?」
 

そう感じる方は少なくないと思います。
 

まだ自分で買い物に行ける。
病院にも一人で通えている。
友人とも出かけている。
趣味も楽しんでいる。
 

そんな親を前にして、
 

「もし介護が必要になったらどうする?」
「どこの病院に通っているの?」
「何かあった時、誰に連絡すればいい?」
「終活のことも少し考えない?」
 

とは、なかなか言い出しにくいものです。
 

もしかすると、
 

「縁起でもない」
「まだそんな年じゃない」
「早く死ねと言われているみたいで嫌だ」
 

と受け取られてしまうかもしれない。

そんな不安もあるでしょう。
 

でも、親が元気なうちに準備することは、親を急かすことではありません。
 

むしろ私は、親が元気だからこそできる準備があると思っています。

元気な今だからこそ、本人の希望を聞ける

介護が必要になってからでは、家族が本人の希望を十分に聞けないことがあります。
 

急な入院で話す余裕がない。

認知症が進み、自分の希望をうまく言葉にできない。

体力が落ち、考えること自体が負担になる。
 

そうなってから、
 

「お母さんはどうしたい?」
「家で暮らしたい?施設がいい?」
「もしもの時は誰に連絡してほしい?」
「どこまで治療を望んでいる?」
 

と聞いても、十分な答えが得られないことがあります。
 

だからこそ、元気な今のうちに、
 

「これからどんな暮らしをしたいのか?」
「何を大切にしているのか?」
「誰に頼りたいのか?」
 

を少しずつ聞いておくことが大切です。
 

これは親の人生を決めるためではありません。
 

親自身の希望を、家族が知っておくための会話です。

いきなり「終活しよう」と言わなくても大丈夫

終活という言葉は、まだまだ重く感じる方が多い言葉です。
 

ですから、無理に「終活」という言葉を使わなくてもかまいません。
 

たとえば、
 

「最近、病院はどこに通ってるの?」

「何かあった時に連絡するなら、誰がいい?」

「お薬手帳って、どこに置いてあるの?」

「これからもこの家で暮らしたい?」

「もし入院した時に必要なものって、どこにある?」
 

そんな日常会話からで十分です。
 

大切なのは、終活という名前をつけることではありません。
 

家族が少しずつ親のことを知っていくこと。
 

それ自体が、立派な介護準備です。

親に聞く前に、自分のことを話してみる

親に介護や終活の話を切り出すのが難しい時には、まず自分の話から始める方法もあります。
 

たとえば、
 

「最近、自分も何かあった時の連絡先を整理してるんだ」

「スマホの中に大事な情報がいっぱい入っているから、家族が困らないようにしておこうと思って」

「私も保険証とか大事な書類の場所をまとめようと思ってる」
 

と、自分の準備について話してみる。
 

そのうえで、「お母さんはどうしてる?」と聞けば、会話が自然になります。
 

親だけに準備を求めると、親は「年寄り扱いされた」と感じるかもしれません。
 

でも、「家族みんなで備える」という姿勢なら、受け止め方も変わります。

準備とは「決めること」ではなく「知っておくこと」

介護準備というと、
 

「介護施設を決めなければ」
「財産のことを全部確認しなければ」
「遺言を書いてもらわなければ」
 

と考える方もいます。
 

でも、最初からそこまで決める必要はありません。
 

まずは、
 

・どこの病院に通っているか?
・どんな薬を飲んでいるか?
・保険証や大切な書類はどこにあるか?
・緊急時に誰に連絡してほしいか?
・今の暮らしで困っていることはないか?
・これからも大切にしたいことは何か?
 

を知っておくだけでも十分です。
 

介護準備の最初の一歩は、決めることではなく、知ること。
 

そこから始めてみてください。

「何かあってから」では、話す余裕がなくなる

親の介護について考える時、多くの家族が「何かあったら、その時考えればいい」と思います。
 

もちろん、それも一つの考え方です。
 

ただ、何かが起きた時には、想像以上に余裕がありません。
 

急な入院。
仕事の調整。
病院とのやり取り。
きょうだいへの連絡。
介護保険の手続き。
退院後の生活の検討。
 

次から次へと判断を求められます。
 

そんな時に、
 

「親はどうしたかったんだろう」
「誰に相談すればいいんだろう」
「書類はどこにあるんだろう」
 

というところから始めるのは、とても大変です。
 

だからこそ、何も起きていない今に、少しだけ話しておく。
 

それだけでも、家族の負担は変わります。

今だから話せることがある

親が元気な今は、一緒に笑いながら話せます。
 

「そんなことまだ考えてないよ」と言われても、「じゃあ、また今度ね」と笑って終えることができます。
 

一度で全部聞く必要はありません。
 

少し話す。
また別の日に話す。
何かのきっかけで思い出したら聞いてみる。
 

そんな形でよいのです。
 

介護や終活の準備は、一度の家族会議で完成させるものではありません。
 

日常の会話の中で少しずつ作っていくものだと思います。

地域の相談先も、元気なうちに知っておく

親のことについて、家族だけでは分からないこともあります。
 

そんな時に、早めに知っておきたいのが、地域の相談窓口です。
 

さいたま市では、シニアサポートセンターが、高齢者やその家族の相談窓口になっています。
 

介護が始まってからだけではなく、
 

「最近、親の様子が少し気になる」
「どんな準備をしておけばいい?」
「まだ元気だけど、一人暮らしが少し心配」
 

という段階でも、相談先を知っておくことは大切です。
 

困ってから探すのではなく、困る前に知っておく。
 

これも立派な介護準備です。

親を急かすのではなく、親の人生を尊重するために

介護準備や終活は、親の人生を急がせるものではありません。
 

むしろ逆です。
 

親が自分らしく暮らせる時間をできるだけ長くするために。

本人の希望を大切にするために。

家族が勝手に決めなくて済むようにするために。
 

必要な準備を、元気なうちから少しずつ始めておく。
 

それが本来の介護準備や終活なのだと思います。

今日からできる小さな一歩

今日は、親に何かを決めてもらう必要はありません。
 

まずは、こんな一言から始めてみてはいかがでしょうか。
 

「最近、困っていることない?」

「病院って今どこに通ってるの?」

「何かあった時、誰に連絡してほしい?」
 

それだけで十分です。
 

そして、もし親が話したくなさそうなら、その日はそこで終わりにする。
 

また話せそうな時に話せばよいのです。
 

親が元気なうちに準備することは、親を急かすことではありません。
 

今だから話せる。
今だから聞ける。
今だから一緒に考えられる。

 

その小さな会話が、将来、親と家族の両方を助けてくれるかもしれません。
 

介護準備は、親を急かすためではなく、親の希望を大切にするために。
 

終活は、人生の終わりを考えるだけではなく、これからを安心して暮らすために。
 

まずは、家族のやさしい会話から始めてみませんか?

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2026年08月11日 17:35

第5回本人の世界を想像すると、対応が変わる

第5回

見えている景色は同じではない

私たちは普段、
 

「ここは自宅」
「この人は家族」
「これはトイレのドア」
「今からお風呂に入る」
「今日は病院へ行く日」
 

といったことを、ごく自然に理解しながら生活しています。
 

ところが、認知症のある方にとっては、同じ場所にいて、同じものを見ていても、その意味が私たちと同じようにはつながらないことがあります。
 

家族から見れば、いつもの自宅。

でも本人には、「ここはどこだろう?」と感じられているかもしれません。
 

家族から見れば、いつもの娘。

でも本人には、「この人は誰だろう?」と戸惑う瞬間があるかもしれません。
 

そこで大切にしたいのが、「本人には、今この世界がどのように見えているのだろう?」と想像してみることです。
 

本人の世界を少し想像できるようになると、「どうして分からないの?」という気持ちから、「それなら不安になるよね」という理解へと、私たちの対応も変わっていきます。
 


私たちには「いつもの場所」でも、本人には違って見えることがある

たとえば、長年暮らしてきた自宅。

家族にとっては、どこに何があるか分かりきった場所です。
 

しかし認知症のある方は、場所や状況を把握することが難しくなり、
 

「ここはどこ?」「私の家に帰りたい」と言うことがあります。
 

家族からすると、「何十年も住んできた自分の家なのに...」と驚くでしょう。
 

そして、「ここがあなたの家でしょ!」と説明したくなります。
 

それでも本人が納得しないと、「どうして分からないの?」という苛立ちが生まれるかもしれません。
 

でも、少し視点を変えてみます。
 

もし自分が目を覚ました時、見覚えがあるような、ないような場所にいて、周囲の人から、「ここがあなたの家ですよ!」と言われたらどうでしょう。
 

頭ではそう言われても、自分の感覚として「ここが家だ!」と感じられなければ、不安になるのではないでしょうか?
 

本人も同じなのかもしれません。
 

大切なのは、「ここが家だと分からせること」だけではなく、「ここが安心できる場所だと感じてもらうこと」なのだと思います。
 


「分からない」ことは、想像以上に怖い

私たちは日常生活の中で、多くのことを予測しながら行動しています。
 

このドアを開ければトイレがある。
この人について行けば診察室に行ける。
服を脱ぐのは、これからお風呂に入るから。
 

先の出来事がある程度分かるから、安心して行動できます。
 

ところが、認知症のある方にとって、こうした「意味のつながり」が分かりにくくなることがあります。
 

たとえば、お風呂に入ってもらおうとした時。
 

家族には、「いつもの入浴」です。
 

でも本人には、
 

突然服を脱ぐように言われた。
知らない場所へ連れていかれる。
何をされるのか分からない。
 

そんな状況に感じられているかもしれません。
 

もしそうなら、「お風呂くらい入ればいいのに」という家族の見方とは、まったく違う世界です。

本人が拒否するのは、「わがままだから」ではなく、「何が起こるか分からず怖いから」なのかもしれません。
 


同じ言葉でも、伝わり方は同じとは限らない

家族が、「早くして」と言ったとします。
家族としては、「あと10分で出掛けるから少し急いでほしい」という意味です。
 

でも本人には、
 

なぜ急がなければならないのか?
どこへ行くのか?
今、何をすればよいのか?
 

それらが十分につながっていないことがあります。
 

すると、「急いで」という言葉だけが強く感じられ、不安や混乱につながることがあります。
 

そんな時は、「早くして」ではなく、
 

「10時になったら病院へ行きます。」

「まず、この上着を着きましょう!」

「そのあと一緒に玄関へ行きましょう!」
 

というように、今必要なことを一つずつ伝える方が分かりやすい場合があります。
 

本人が理解できないのではなく、「私たちの伝え方が、本人の世界に合っていない」可能性も考えてみたいところです。
 


「何もないのに怖がっている」と決めつけない

認知症のある方が、
 

「怖い」
「誰かいる」
「ここにはいたくない」
 

と訴えることもあります。
 

周囲には、その理由が分からないことがあります。
 

すると、
 

「何もないよ」
「誰もいないよ」
「怖がることなんてないでしょう」
 

と言ってしまいがちです。
 

しかし本人が感じている不安は、本物です。
 

本人に見えているもの、聞こえているもの、思い出していること、その場の雰囲気などによって、私たちとは違う意味づけがされていることがあります。
 

その時、「何もないから大丈夫」と否定するより、
 

「怖かったんですね。」

「一緒にいますよ。」

「少しこちらへ移動しましょうか?」
 

と、まず安心につなげる。
 

原因を探すのは、そのあとでも構いません。
 

事実を訂正することより、今感じている不安を受け止める。
 

これも、本人の世界を想像した対応の一つです。
 


「できない」のではなく、「分かりにくい」のかもしれない

たとえば、トイレに行けなくなった時。

家族は、「トイレの場所まで分からなくなった。」と思うかもしれません。
 

しかし、
 

ドアが他の部屋と同じで見つけにくい。
表示が小さい。
夜になると廊下が暗い。
途中に物が多く、目的地が分かりにくい。
 

といった環境の影響も考えられます。
 

「本人ができなくなった」と考えるだけでなく、「本人にとって分かりにくい環境になっていないか?」を見直してみる。
 

トイレの表示を大きくする。
入口を分かりやすくする。
通路を整理する。
必要な場所に目印を付ける。
 

本人を変えようとするのではなく、環境の方を本人に合わせる。
 

そうすることで、まだ自分でできることが増える可能性があります。
 


本人の「昔の世界」が、今につながっていることもある

「会社に行かなくちゃ。」

「子どもを迎えに行かなくちゃ。」

「ご飯を作らないと主人が帰ってくる。」
 

今の状況とは合わないことを話す認知症の方もいます。
 

家族は、
 

「もう仕事は辞めたでしょう。」

「子どもはもう50歳だよ。」

「お父さんはもう亡くなったでしょう。」
 

と事実を伝えたくなります。
 

しかし、その言葉の背景には、
 

長年働いてきた責任感。
子どもを守ってきた母親としての役割。
家族の食事を作ってきた生活習慣。
 

その人が長い人生の中で大切にしてきたものがあるのかもしれません。
 

そう考えると、「間違ったことを言っている」だけではなく、「その人にとって大切だった世界を、今も生きているのかもしれない。」と見ることができます。
 

正すことよりも、「ずっと家族のために頑張ってきたんですね!」と、その人の人生そのものを受け止める。
 

そこから生まれる安心もあります。
 


想像することは、決めつけることではない

ここで一つ、大切にしたいことがあります。
 

「本人の世界を想像する。」といっても、「きっとこう思っているはずだ。」と決めつけることではありません。
 

本当の気持ちは、本人にしか分かりません。
 

だからこそ、
 

「もしかしたら不安なのかな?」

「何か分かりにくいことがあるのかな?」

「どうすれば安心できるかな?」
 

と考えてみる。
 

そして、本人の表情や言葉、行動を見ながら確かめていく。
 

想像することは、答えを決めることではなく、本人を理解するための仮説を持つこと。
 

この姿勢が大切なのだと思います。
 


家族と本人では「見えている景色」が違う

家族から見れば、「また同じことをしている。」かもしれません。
 

本人から見れば、「今、初めて困っている。」のかもしれません。
 

家族から見れば、「何も怖いことはない」場所でも、本人には、「何が起こるか分からない場所」なのかもしれません。
 

家族から見れば、「簡単なこと」でも、本人には、「手順が見えない難しいこと」になっているかもしれません。
 

同じ場所にいるからといって、同じ世界を見ているとは限らない。
 

このことに気づくと、「どうしてできないの?」という問いが、「どうすれば分かりやすくなるだろう?」に変わります。
 

「どうしてこんなことを言うの?」という問いが、「本人には、今どう見えているのだろう?」に変わります。
 

そして、その問いの変化が、私たちの対応を変えてくれます。
 


本人の世界を知ろうとすることから、寄り添いは始まる

認知症の方への対応には、すべての人に当てはまる一つの正解があるわけではありません。
 

同じ認知症でも、その人の人生、性格、環境、体調、家族関係によって感じ方は違います。
 

だからこそ大切なのは、「認知症だからこうだ!」と決めつけるのではなく、「この人の場合は、どうなのだろう?」と考え続けることです。
 

何が好きだったのか?
どんな仕事をしてきたのか?
どんな生活を大切にしてきたのか?
何を怖がるのか?
何をすると安心するのか?
 

その人を知ることが、本人の世界を理解する手掛かりになります。
 

認知症を見るのではなく、認知症とともに暮らしている「その人」を見る。
 

それが、本当の意味で寄り添うことにつながるのではないでしょうか?
 


今日の小さな一歩

認知症のある方の言動を見て、「どうして?」と思った時。
 

すぐに注意したり、正したりする前に、ほんの少しだけ想像してみてください。
 

「本人には、今この場面がどう見えているのだろう?」
 

場所が分からないのかもしれない。
次に何が起きるか分からず怖いのかもしれない。
言葉の意味がつながっていないのかもしれない。
昔の大切な記憶の中にいるのかもしれない。
 

答えが分からなくても構いません。
 

本人の世界を想像してみようとすること。
 

その一歩だけでも、「困った人への対応」から、「困っている人への寄り添い」へと、私たちの関わり方は少し変わっていくのだと思います。
 

認知症のある人の世界を本人の視点で理解し、誰もがともに暮らしやすい社会をデザインするための、「認知症世界の歩き方」実践ワークショップに参加してみませんか?
(本人が見ている世界から、よりよい関わり方を考える。)
 

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2026年08月10日 19:45

【第2回】あなたの老後資金計画に「親の介護費用」は入っていますか?

第2回

全20回連載 
「老後資金を増やす前に 介護で失わない家計のつくり方」

親の介護、自分たちの介護、仕事とお金―50代・60代が今から考えたい20の現実

■老後資金は考えていても、「親の介護費用」は考えていない?

50代、60代になると、自分たちの老後について考える機会が増えてきます。
 

「年金はいくらもらえるのだろう?」

「退職金はいくら残るだろう?」

「老後の生活費はいくら必要だろう?」

「NISAなどでもう少し資産を増やした方がよいだろうか?」
 

こうしたことを考えたり、老後資金のシミュレーションをしたりしたことがある方も多いと思います。
 

ところが、ここで一つ質問があります。
 

その老後資金計画に、「親の介護費用」は入っているでしょうか?


さらに言えば、自分の両親だけではありません。
 

結婚している方であれば、
 

・自分の父親
・自分の母親
・配偶者の父親
・配偶者の母親
 

最大4人の親について、介護が必要になる可能性があります。
 

もちろん、4人全員に介護が必要になるとは限りません。
 

また、親の介護費用をすべて子どもが負担するという意味でもありません。
 

しかし、50代、60代のライフプランを考えるのであれば、「親の介護によって、自分たち夫婦のお金と働き方に何が起こる可能性があるのか?」という視点は、最初から入れておく必要があると私は考えています。

■介護は、決して一部の家庭だけの問題ではありません

総務省の「令和4年就業構造基本調査」によると、2022年時点で介護をしている人は約629万人。

そのうち、仕事を持っている人は約365万人です。
 

つまり、多くの人が、「仕事をしながら家族の介護をする。」という状況に置かれています。
 

私たちが老後資金について考える50代・60代は、同時に親の高齢化が進む時期でもあります。
 

自分たちの老後を準備しなければならない。

でも、親の介護にも対応しなければならない。
 

ここに、ミドルシニア世代特有の難しさがあります。
 

【引用・参考】
総務省統計局「令和4年就業構造基本調査 結果の概要」
https://www.stat.go.jp/data/shugyou/2022/pdf/kgaiyou.pdf


■「親のお金だから大丈夫」とは限らない

本来、親の介護に必要なお金は、まず親自身の年金や預貯金などから支払うことを基本に考えることが大切です。
 

しかし、実際に介護が始まったとき、
 

「親の年金額を知らない。」

「預貯金がどのくらいあるのか分からない。」

「どこの銀行に口座があるのか知らない。」

「生命保険に入っているのか分からない。」

「施設に入ることになったら、いくらまでなら払えるのか分からない。」
 

という家庭は珍しくありません。
 

親が元気なうちは、お金のことを聞くのに抵抗を感じる方も多いでしょう。
 

しかし、何も分からない状態で突然介護が始まると、目の前の支払いを子どもが一時的に立て替えることも起こり得ます。

交通費、入院用品、介護用品、施設探し、実家との往復...。
 

一つ一つはそれほど大きな金額ではなくても、長期間続くことで自分たちの家計に影響していきます。

■介護費用は「月々のサービス利用料」だけではありません

生命保険文化センターの2024年度調査によると、介護経験者が負担した介護の一時的な費用は平均47.2万円、月々の費用は平均9.0万円でした。

介護期間は平均4年7カ月となっています。
 

また、介護を行った場所によっても費用は異なり、月々の平均費用は、
 

在宅 5.3万円
施設 13.8万円
 

となっています。
 

ただし、この数字を見て、
 

「9万円×55カ月だから約500万円」

「それが親4人だから約2,000万円」
 

などと単純に計算することは適切ではありません。
 

介護期間、要介護度、在宅か施設か、親本人の年金や資産、公的制度の利用状況などによって、実際の負担は大きく異なるからです。
 

重要なのは、「平均でいくらかかるか?」だけではありません。
 

自分の家庭では、「誰に介護が必要になったとき、誰のお金を使い、どのように対応するのか?」を考えておくことです。


【引用・参考】
公益財団法人 生命保険文化センター
「介護にはどれくらいの費用・期間がかかる?」
https://www.jili.or.jp/lifeplan/lifesecurity/1116.html

■問題は「介護費用」だけではなく「自分の収入」です

ここが、私が特にお伝えしたいところです。
 

親の介護による家計への影響を考えるとき、「介護にいくら払うのか?」ばかりを考えてはいけません。
 

もう一つ考えなければならないのが、「介護によって、自分の収入がどう変化するか?」です。
 

例えば、50代の会社員が親の介護に直面したとします。
 

親の通院同行のために有給休暇を取る。

ケアマネジャーとの打ち合わせのために早退する。

急な入院で仕事を休む。

遠距離介護で週末ごとに実家へ帰る。

残業や出張が難しくなる。

転勤を断る。

管理職を続けることが難しくなる。
 

そして最悪の場合、「もう仕事と介護を両立できない。」と会社を辞めてしまう。
 

すると、介護費用という「支出の増加」と、給与という「収入の減少」が、同時に起こることになります。


これが、親の介護を老後資金計画に入れておかなければならない最大の理由の一つです。

■自分の老後資金を準備する時期と、親の介護が重なる

50代は、本来であれば老後資金を最後に積み上げていきたい大切な時期です。
 

住宅ローンを終わらせる。

子どもの教育費が一段落する。

退職までの10年ほどで預貯金を増やす。

NISAなどを活用して資産形成を続ける。

定年後の働き方について考える。
 

ところが、その大切な時期に親の介護が始まり、「お金を積み立てる時期」から、「お金を取り崩す時期」へ突然変わってしまう可能性があります。
 

さらに、働き方まで変われば、老後資金計画そのものを見直さなければならなくなります。
 

だから私は、親の介護を「親だけの問題」として考えるのではなく、「自分たち夫婦のライフプランの一部」として考える必要があると思っています。

■介護する側も高齢化しています

2025年の厚生労働省「国民生活基礎調査」では、要介護者等と同居する主な介護者について、「要介護者と介護者がともに60歳以上」という組み合わせが79.0%でした。

「ともに65歳以上」も61.9%です。
 

介護する側自身も高齢化しているということです。

親の介護が長期化すれば、「親の介護をしていたら、自分自身も高齢者になっていた」ということも十分に考えられます。
 

そして親の介護が終わった後には、今度は、
 

自分自身の介護。

配偶者の介護。
 

という問題が待っているかもしれません。
 

だからこそ、老後資金計画を考えるときには、「自分たち夫婦の生活費」だけではなく、親の介護から自分たちの介護までを、一つの時間軸で考えていく必要があります。
 

【引用・参考】
厚生労働省
「2025(令和7)年 国民生活基礎調査の概況 介護の状況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa25/dl/14.pdf

■大切なのは「親4人分のお金を準備すること」ではありません

ここまで読むと、「親4人の介護費用まで自分たちで準備しなければいけないのか?」と不安になる方もいるかもしれません。
 

そうではありません。
 

私がお伝えしたいのは、「子どもが親4人分の介護費用を貯めましょう。」という話ではありません。

むしろ逆です。
 

親の介護によって自分たちの老後資金を失わないために、親が元気なうちに、
 

・親自身の年金や資産を確認する
・どこで暮らしたいのかを聞く
・介護が必要になったときの希望を聞く
・兄弟姉妹の役割を話し合う
・費用を誰がどこまで負担するのか考える
・自分の勤務先の介護支援制度を確認する
 

こうした準備をしておくことが重要なのです。
 

つまり、「介護費用を準備する」だけではなく、「介護で自分たちの家計を壊さない仕組みを準備する」ということです。

■私自身、両親の介護に直面して感じたこと

私自身、両親の介護に直面して、改めて感じたことがあります。
 

親が元気なときには、「そのときになったら考えればいい」と思ってしまいがちです。

しかし、実際に入院や介護が始まると、短期間にさまざまな判断を求められます。
 

病院への対応。

介護認定。

介護サービス。

住まい。

お金。

仕事の調整。

家族との役割分担。
 

こうしたことが一度にやってきます。
 

その状態になってから、
 

「お父さん、預金はいくらあるの?」

「お母さん、施設に入りたい?」

「兄弟で誰がいくら負担する?」
 

と話し合うのは、簡単ではありません。
 

だからこそ、「まだ介護なんて必要ない」と思える時期に話を始めることが、とても大切なのだと感じています。

■今日からできること――「4人の親」を書き出してみる

今日、ぜひ一度やっていただきたいことがあります。
 

紙を1枚用意して、
 

自分の父
自分の母
配偶者の父
配偶者の母
 

を書き出してみてください。
 

そして、それぞれについて、
 

① 年齢

② 現在の健康状態

③ 一人暮らしか、夫婦暮らしか?

④ 年金や預貯金について家族が把握しているか?

⑤ 介護が必要になった場合、誰が最初に対応しそうか?

⑥ 在宅・施設など、本人の希望を聞いたことがあるか?
 

を確認してみてください。
 

すべて「分からない」でも構いません。
 

大切なのは、「自分が何を知らないのか?」に気づくことです。
 

それが、介護準備のスタートになります。

■老後資金を増やす前に、介護で失わない仕組みをつくる

老後資金計画というと、
 

「いくら貯めるか?」

「何%で運用するか?」
 

という話になりがちです。
 

もちろん、それも大切です。
 

しかしその前に、
 

親の介護による支出。

介護による自分の収入減少。

そして、その後に訪れる自分と配偶者の介護。
 

ここまで含めて考えて初めて、本当の意味での老後資金計画になるのではないでしょうか?
 

老後資金を増やす前に、介護で失わない仕組みをつくる。

この視点を、50代・60代の方にぜひ持っていただきたいと思っています。

■次回予告

第3回は、「親4人、自分たち夫婦2人――最大6人の介護をどう考えるか?」をテーマにお伝えします。

「親の介護が終われば安心」というわけではありません。

その先にある自分自身と配偶者の介護まで含めて、人生後半の介護をどのように捉えればよいのかを考えていきます。
 

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「介護と老後資金」を一度整理してみませんか?

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老後資金を考えるとき、年金やNISAなどの資産運用だけでなく、親の介護に伴う支出や収入減少、自分自身と配偶者の介護費用まで考えることが大切です。

■実践セミナーのご案内

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~親の介護で、自分の老後を壊さないための7つの準備~


親が元気な今のうちに、
 

・家族の介護方針
・介護費用の負担
・仕事との両立
・自分たちの老後資金
 

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■60分無料個別相談のご案内

「親はまだ元気だけれど、今から何を準備すればいいのだろう?」

「親のお金の話を、どう切り出せばよいか分からない?」

「兄弟姉妹の役割分担が心配。」

「介護と仕事、老後資金をまとめて考えてみたい。」
 

そのような方を対象に、60分の無料個別相談を行っています。
 

ご家庭の状況を伺いながら、
 

・今すぐ始めること
・まだ急がなくてよいこと
・最初に取り組むべきこと
 

を一緒に整理します。
 

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※無料相談は、お一人様1回です。
※金融商品の販売や強引な勧誘を目的とした相談ではありません。

 

2026年08月09日 17:38

キャリア&ライフプラントータルサポート

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