【映画公開応援・特別連載 第5回】家族の顔が分からなくなる「顔無し族の村」―顔だけではない、つながりの手がかり
目の前にいる家族から、突然「どちらさまですか?」と尋ねられたら。
長い時間を一緒に過ごしてきた人の顔が、自分には分からなくなったら。
けれど、「顔が分からない」ことと、「その人との関係や愛情がすべて消えてしまう」ことは同じではありません。
今回は、『認知症世界の歩き方』に登場する「顔無し族の村」を手がかりに、認知症のある方が見ているかもしれない世界と、周囲にできる関わり方を考えます。
「分からない」のは、愛情が消えたからではない
「私の顔が分からないなんて、もう家族のことを忘れてしまったのだろうか」
そう感じてしまうのは、自然なことです。
とくに、親から「あなたは誰?」と言われたり、配偶者を別の人と取り違えられたりすると、家族は大きな衝撃を受けます。
しかし、顔を正しく認識しにくくなることは、認知症に伴って起こることがある「対人認識のトラブル」の一つです。
すべての認知症の方に起きるわけではありませんが、相手の顔と、その人についての記憶をうまく結び付けにくくなる場合があります。
顔は分からなくても、声を聞くと安心する。手のぬくもりに懐かしさを感じる。
いつもの話し方や香り、歩き方、その場の雰囲気から「自分を大切にしてくれる人だ」と感じる。
顔以外の手がかりや、長い時間の中で育まれた感情は、残っていることがあります。
「顔無し族の村」を旅してみる
『認知症世界の歩き方』の「顔無し族の村」では、人の顔が見るたびに変わって見えたり、みんなが同じ顔に見えたりします。
そのため、村の人たちは、顔だけで相手を見分けようとはしません。
声、身体の特徴、服装、雰囲気、そして一緒に過ごした思い出。
いくつもの手がかりを重ねながら、人と人がつながっています。
一方で、顔以外の手がかりを増やすことができれば、安心して人と関われる可能性も広がります。
この物語が教えてくれるのは、「顔が分からない人に、何度も正解を求める」のではなく、「分かりやすい手がかりを、こちらから届ける」という視点です。
本人には、毎回「知らない人」が現れるように感じられる
家族から見ると、いつも通り部屋に入り、いつも通り声をかけたつもりかもしれません。
しかし本人から見れば、名前も関係も分からない人が、突然近づいてきたように感じることがあります。
さらに、「私が誰か分かる?」「息子でしょう」「どうして忘れたの」と答えを求められれば、戸惑いや申し訳なさ、不安が強くなるかもしれません。
手を振り払う、帰ってほしいと言う、怒った表情になる。
そうした反応は、家族への拒絶ではなく、知らない人が急に近づいてきたように感じたことへの防御反応かもしれません。
「困った行動」と判断する前に、「本人には、今どのように見えているのだろう」と想像してみる。
その小さな切り替えが、関係を穏やかにする第一歩になります。
家族ができる6つの関わり方
1.正面から、ゆっくり近づく
後ろや横から突然触れず、本人の視界に入ってから、穏やかに声をかけます。
表情が確認できる距離で、急がずに近づくことが安心につながります。
2.自分から名乗り、用件も短く伝える
「〇〇です。会いに来ました」「娘の〇〇です。一緒にお茶を飲みましょう」のように、名前・関係・これからすることを簡潔に伝えます。
思い出してもらうことを試す場にしないことが大切です。
3.「私が誰か分かる?」と試さない
正解できるかを繰り返し確かめられると、本人は失敗を重ねることになります。
分からないことを責めず、安心できる情報を先に渡しましょう。
4.声や服装など、顔以外の手がかりをそろえる
いつもの呼びかけ方、見慣れた服、名札、写真、よく知っている音楽などが助けになることがあります。
ただし、写真でも分かりにくい場合があります。本人が反応しやすい手がかりを一緒に探す姿勢が大切です。
5.事実よりも、今の感情を受け止める
別の人と間違われたとき、すぐに訂正することが必ずしも安心につながるとは限りません。
「会えてうれしいのですね」「少し不安でしたね」と、そのときの感情に寄り添うことで落ち着く場合があります。
6.うまくいった関わり方を共有する
家族、介護職、医療職の間で、「この呼びかけなら安心する」「この時間帯は落ち着いている」などを共有します。
急に様子が変わった場合や、生活への影響が大きい場合には、かかりつけ医や専門職に相談することも大切です。
顔ではなく、「その人らしさ」でつながる
顔を覚えてもらうことだけを、関係の証明にしなくてよいのだと思います。
名前を呼ばれなくても、そばにいると表情が和らぐ。
声を聞くと手を伸ばす。
一緒に歌うと笑顔になる。
そうした反応もまた、確かなつながりです。
認知症によって変わるものがあっても、関係のすべてが失われるわけではありません。
こちらが顔だけに頼らず、声や態度、思い出、安心できる時間を重ねることで、新しいつながり方を見つけられることがあります。
「覚えているか」ではなく、「今、この人が安心できているか」。
その視点を持つことで、家族の心も少し軽くなるのではないでしょうか。
映画『認知症世界の歩き方』のご案内
映画『認知症世界の歩き方』では、認知症のある父・豊さんと、長く音信不通だった息子・優輝の物語が描かれます。
豊さんは、目の前に現れた優輝を「息子」と認識できません。
噛み合わない二人が思わぬ旅に出る中で、認知症のある本人が見ている不思議で愛おしい世界と、止まっていた家族の時間が少しずつ動き始めます。
認知症を「何もできなくなる病気」として見るのではなく、一見不可解に見える言動にも本人なりの理由があることを、ユーモアと温かさのある物語から体験できる作品です。
2027年2月5日(金)、全国公開予定です。
映画『認知症世界の歩き方』公式サイト
https://issueplusdesign.jp/dementia_world/movie/
11月23日開催「認知症世界の歩き方」実践ワークショップ
記事を読むだけでなく、認知症のある方の視点に立ち、対話を通じて「本人にはどう見えているのか」「周囲はどのように関われるのか」を一緒に考える実践ワークショップを開催します。
認知症のあるご家族と関わっている方、介護・医療・福祉の仕事に携わる方、職場や地域で認知症理解を広げたい方にもおすすめです。
【開催日時】
2026年11月23日(月)14:00~16:00
【詳細・お申し込み】
https://peatix.com/event/5226254
「認知症世界の歩き方」とissue+design
「認知症世界の歩き方」は、100名を超える認知症のあるご本人へのインタビューをもとに、本人が見ている世界や感じていることを、旅をするように学べるプロジェクトです。
基礎知識、14のストーリー、書籍、映画、展示、ワークショップなど、さまざまな入口から「本人の視点」に触れることができます。
企画・運営するissue+designの取り組みとあわせて、ぜひ公式サイトをご覧ください。
「認知症世界の歩き方」公式サイト
https://issueplusdesign.jp/dementia_world/
おわりに
家族の顔が分からなくなることは、本人にとっても、家族にとっても大きな不安です。
けれど、顔だけが人をつなぐ手がかりではありません。
声、しぐさ、ぬくもり、雰囲気、共有してきた時間。そして「あなたを大切に思っている」という、今の関わり方。
顔が分からなくなっても、つながり方までなくなるわけではない。
「顔無し族の村」の旅は、そのことを私たちに教えてくれます。
次回予告
第6回は、「過去が現在になる―記憶のタイムトラベル」をテーマにお届けします。
過去の出来事を、今起きていることのように感じるとき、本人にはどのような世界が見えているのでしょうか。
本人の時間に寄り添う関わり方を考えます。

投稿されたコメントはありません