【第2回】ベテラン社員が突然退職したら? 小さな会社が失う本当のもの
社員50人以下の会社を守る!介護離職防止の実践講座
~小さな会社だからこそできる、人材を守る30の取り組み~
はじめに―「あの社員が辞めたら、会社はどうなる?」
「もし、あの社員が突然退職することになったら...」
経営者の皆様は、このようなことを考えた経験はないでしょうか。
長年会社を支えてきた営業担当者。
豊富な技術と経験を持つ現場責任者。
お客様から厚い信頼を寄せられているベテラン社員。
こうした人材は、会社にとって大切な存在です。
しかし、ある日突然、親の介護が必要になり、これまでと同じ働き方を続けることが難しくなるかもしれません。
「親の介護をすることになりました。今の仕事を続けられるか分かりません」
そのとき、会社としてどのような対応ができるでしょうか。
もちろん、介護が始まったからといって、必ず退職するわけではありません。
利用できる制度や働き方を検討することで、仕事を継続できる場合もあります。
しかし、会社に相談できず、利用できる制度も知らないまま、退職という選択に至ってしまう可能性はあります。
今回のテーマは、ベテラン社員の離職によって、小さな会社は何を失う可能性があるのかということです。
単に人手が一人減るという問題だけではありません。
企業経営の視点から、一緒に考えてみたいと思います。
2026年版中小企業白書が示す、人手不足という経営環境
まず、現在の中小企業を取り巻く状況を確認しましょう。
2026年4月24日に公表された中小企業庁の「2026年版中小企業白書」では、労働供給の制約や人手不足が、企業経営における重要な課題として取り上げられています。
同白書では、2010年代以降、多くの業種で人手不足感が強まっていることが示されています。
さらに、今後の労働供給制約への対応として、労働生産性の向上や、限られた人材の有効活用が重要なテーマとなっています。
【出典】
中小企業庁「2026年版中小企業白書」https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2026/PDF/chusho.html
【概要資料】
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2026/PDF/chusho/01Hakusyo_gaiyo_web.pdf
これは、企業が人材を失った場合、必ず後任者を確保できるとは限らないという経営環境を考えるうえで重要な情報です。
もちろん、人手不足の程度は、地域や業種、職種によって異なります。
それでも、採用だけに頼るのではなく、現在働いている社員が能力を発揮し続けられる環境を整えることには、経営上の意味があります。
介護を理由とする離職は、現実に起きている
総務省統計局の「令和4年就業構造基本調査」によると、2022年の調査年の直近1年間に、介護・看護を理由として前職を離職した人は、全国で約10万6,000人でした。
この数字は2022年の全国調査の結果であり、2026年現在の離職者数や、従業員50名以下の企業に限った数値ではありません。
しかし、介護・看護を理由に仕事を離れる人がいるという現実を示しています。
【出典】
総務省統計局「令和4年就業構造基本調査 結果の要約及び概要」
※表8-4「介護・看護のために過去1年間に前職を離職した者の数」を参照。
https://www.stat.go.jp/data/shugyou/2022/pdf/kall.pdf
家族の介護は、必ずしも予定どおりに始まるものではありません。
親の突然の入院や認知症の進行などによって、社員の生活状況が大きく変化する場合があります。
そうしたとき、企業がどこまで備えているかによって、社員が利用できる選択肢は変わってくるのではないでしょうか。
小さな会社がベテラン社員の離職で失いかねない4つのもの
私は、ベテラン社員の離職による経営への影響を、特に次の4つの視点から考えています。
なお、以下は特定企業で損失を計測した調査結果ではなく、企業が確認しておきたい実務上のリスクです。
① 顧客との長年の信頼関係
例えば、ある営業担当者が10年以上、同じ取引先を担当していたとします。
その社員は、顧客が何を大切にしているのか、どのような提案が求められているのかを理解しています。
問題が起きたときにも、過去の経緯を踏まえて対応できるかもしれません。
こうした関係は、短期間で築けるものではありません。
もちろん、担当者が退職したからといって、必ず顧客との関係が失われるわけではありません。
しかし、顧客との関係が特定の社員に依存している場合、十分な引き継ぎができなければ、顧客対応に支障が生じる可能性があります。
顧客との信頼関係を、担当者個人だけに任せていないでしょうか。
経営者として確認しておきたいポイントです。
② 技術・経験・仕事のノウハウ
製造業では、設備の微妙な調整や品質の見極め。
営業職では、顧客の状況に応じた提案や交渉。
サービス業では、困難な顧客対応や現場での判断。
長年働いてきた社員は、マニュアルだけでは説明しきれない経験を身につけていることがあります。
こうした知識や技術が特定の社員だけに蓄積されていると、その人が不在になった際、業務に影響が出る可能性があります。
大切なのは、ベテラン社員を責めることではありません。
その社員が安心して働き続けられる環境を整えながら、経験やノウハウを組織全体の財産として共有していくことです。
③ 若手社員を育てる力
ベテラン社員は、日々の業務を通じて若手社員の成長を支えている場合があります。
仕事の進め方を教える。
困ったときに相談に乗る。
顧客への対応を見せる。
こうした日常的な関わりは、人材育成の重要な機会です。
もし、その役割を担っていた社員が退職すれば、若手社員への指導体制を見直す必要が生じるかもしれません。
単に後任者を採用すれば解決するとは限らないのです。
④ 残された社員の時間と職場の余裕
一人の社員が退職すると、それまで担当していた業務を誰かが引き継ぐ必要があります。
新しい担当者がすぐに確保できなければ、既存社員の負担が増える場合があります。
残業が増える。
管理職が現場業務を兼任する。
教育や業務改善に使える時間が減る。
その結果、職場全体の働き方を見直さなければならなくなる可能性があります。
これは、介護離職だけに限った問題ではありません。
ただし、介護を理由とした離職については、制度の周知や働き方の調整によって防げる場合もあるため、企業として早めに対応する意義があります。
【モデルケース】従業員28人の製造会社で、現場責任者から介護の相談があったら
ここで、架空の会社を例に考えてみましょう。
※以下は実在の企業や相談者の事例ではありません。
従業員28人の製造会社。
55歳の現場責任者Aさんは、製造工程の管理、品質確認、若手社員への技術指導を担当しています。
ある日、Aさんの父親が入院し、退院後の介護が必要になることが分かりました。
Aさんは、通院の付き添いや介護サービスの調整などを担うことになり、社長に相談します。
「これから、急に休まなければならない日が増えるかもしれません。周囲に迷惑をかけるなら、退職も考えています」
このとき、社長はどのように対応すればよいのでしょうか。
「困るから辞めないでほしい」とだけ伝えても、Aさんの問題は解決しません。
一方で、本人の状況や希望を確認せずに退職を前提として話を進めることも適切ではありません。
まずは、介護に直面した従業員への個別周知・意向確認など、法令上必要な対応を行い、本人が利用できる制度を説明することが必要です。
そのうえで、例えば次の点を一緒に整理することが考えられます。
-
Aさんは、今後も仕事を続けたいと考えているか。
-
通院や介護サービスの調整など、どのような時間的制約があるか。
-
利用可能な休業・休暇や勤務調整の制度は何か。
-
一時的に他の社員へ引き継げる業務はあるか。
-
地域包括支援センターなど、介護に関する相談先を把握しているか。
本人の家庭事情について、業務上必要のない情報まで聞き出す必要はありません。
また、介護のすべてを社員本人が担うことを前提にするのではなく、介護保険サービスなどの利用も視野に入れることが大切です。
厚生労働省も、仕事と介護を両立するためのポイントとして、勤務先の両立支援制度の利用や、介護保険サービスの活用を紹介しています。
【出典】
厚生労働省「仕事と介護の両立ポイント」
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/ryouritsu/kaigo/balance/
こうした対応を通じて、Aさんが退職以外の選択肢も検討できるようになるかもしれません。
もちろん、すべての場合に仕事の継続が可能になるとは限りません。
それでも、会社と本人が十分に話し合い、利用できる選択肢を確認することには、大きな意味があります。
2026年現在、介護離職防止は経営者が取り組むべき課題
2026年3月、経済産業省は「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」を改訂しました。
経済産業省は、従業員の仕事と介護の両立支援を、人材不足に対するリスクマネジメントや、人的資本経営の観点から重要な取り組みとして位置づけています。
【出典】
経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」(2026年3月改訂)
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kaigo/kaigo_guideline.html
また、2025年4月1日に施行された改正育児・介護休業法では、介護に直面した従業員への個別周知・意向確認や、介護休業等を利用しやすい雇用環境の整備などが、既に事業主の義務となっています。
これは、社員50人以下という企業規模だけを理由に免除されるものではありません。
【出典】
厚生労働省「介護休業制度特設サイト/法改正のポイント」
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/ryouritsu/kaigo/law-amendment/
なお、本連載の「社員50人以下」は、実践策を考えるために設定した対象企業の規模であり、法律の適用範囲を示す区分ではありません。
重要なのは、法令上必要な対応を確実に実施したうえで、自社の事業や従業員の状況に合わせた支援を考えることです。
ベテラン社員を守るために、今から始めたい3つの取り組み
では、人手も予算も限られた会社では、何から始めればよいのでしょうか。
私は、次の3つをお勧めします。
① 特定の社員に依存している業務を洗い出す
まずは、主な業務について確認してみましょう。
「この社員が急に休んだら、誰が対応するのか?」
「その仕事の手順や情報は共有されているか?」
「顧客とのやり取りを、会社として把握できているか?」
こうした問いを通じて、業務の属人化を確認します。
ただし、特定の社員が介護をしているかどうかによって、評価や業務配分を不当に変えることがあってはなりません。
介護の有無に関係なく、組織全体の事業継続対策として進めることが大切です。
② 業務を引き継げる体制を整える
業務手順を簡単な文書にまとめる。
顧客情報を社内の適切な担当者が確認できるようにする。
複数の社員が基本的な対応方法を理解する。
こうした取り組みを日頃から進めておけば、社員が介護や病気などで一時的に休む場合にも対応しやすくなります。
最初からすべての業務を共有する必要はありません。
重要度が高く、代替が難しい仕事から優先して取り組むことをお勧めします。
③ 介護の相談を受ける前から、制度と相談先を伝える
介護が始まってから初めて制度を調べるのではなく、平常時から社内で情報を共有しておくことが重要です。
介護休業・介護休暇などの制度。
相談先となる担当者。
介護に直面したときの申出方法。
こうした情報を従業員が知っていれば、困ったときに相談しやすくなります。
2025年4月施行の法改正に対応した周知・意向確認や雇用環境整備を行うことは、当然の前提です。
さらに、経営者が「介護が始まっても、すぐに退職を決める必要はありません」と伝えられる職場を目指したいものです。
経営者の皆様へ―まず、次の4つを確認してください
今回の記事をお読みいただいた機会に、ぜひ次の点を確認してみてください。
1. 主要な業務が、特定のベテラン社員に集中していないでしょうか。
2. その社員が急に休む場合、仕事を引き継げる体制があるでしょうか。
3. 介護に直面した社員へ、利用できる制度を適切に説明できるでしょうか。
4. 従業員が、退職を考える前に安心して相談できる環境が整っているでしょうか。
一つでも気になる項目があれば、今後の改善を考えるきっかけにしていただければと思います。
これらは経営上の自己点検項目であり、法令への適合性を判定するものではありません。
キャリアコンサルタントとして、そして家族介護を経験した立場から
私は、生命保険業界で約20年間、営業管理職を経験した後、キャリアコンサルタントに転身しました。
これまで12年以上にわたり、5,200名以上の就職・キャリア支援に携わってきました。
また、2023年からは私自身も父母の介護を経験し、2026年9月には父の看取りも経験しました。
企業の組織運営や人材育成に関わってきた経験。
キャリアコンサルタントとして、働く人の悩みに向き合ってきた経験。
そして、家族として介護に向き合ってきた経験。
こうした経験を通じて、私は、仕事と介護の両立を考えるときに大切なことがあると感じています。
それは、社員本人の人生と、会社が大切にしてきた人材の価値を、どちらも尊重することです。
介護が始まった社員には、家族との時間も、仕事への思いもあります。
会社にも、事業を続け、他の社員の雇用を守る責任があります。
その双方の事情を理解し、何ができるのかを一緒に考えていくことが重要ではないでしょうか。
私は、介護離職防止の取り組みは、社員を無理に引き留めるためのものではないと考えています。
本人の意思を尊重しながら、働き続けたい人が、その希望を簡単に諦めなくて済む選択肢を整えること。
それが、企業にとっても従業員にとっても大切な取り組みだと思います。
おわりに―守るべきものは、社員の数だけではありません
ベテラン社員の離職によって、会社が失う可能性があるもの。
それは、人手だけではありません。
顧客との信頼関係。
長年培ってきた技術やノウハウ。
若手社員を育てる力。
そして、職場全体の働く余裕。
こうしたものを守るためにも、社員が介護に直面する前から備えておくことが大切です。
介護離職防止は、社員のキャリアを守る取り組みであると同時に、会社の未来を守る取り組みでもあります。
まずは、会社の中で重要な役割を担っている社員の業務を整理し、仕事と介護の両立について安心して相談できる職場づくりを始めてみませんか。
次回、第3回は、「『うちの社員は大丈夫』は本当か? 経営者が気づきにくい介護の問題」をテーマにお届けします。
【経営者・幹部社員・人事担当者の皆様へ】御社の介護離職への備えを確認してみませんか?
「ベテラン社員の介護が始まったら、会社として何ができるだろうか?」
「仕事と介護の両立支援について、自社では十分に対応できているだろうか?」
そんな疑問をお持ちの企業の皆様に向けて、「介護離職危険度チェック(無料)」をご用意しています。
自社の制度や相談体制を振り返るきっかけとして、ぜひご活用ください。
▼介護離職危険度チェック(無料)
https://fwjmj.hp.peraichi.com/
※無料チェックは自社の課題を把握するためのものであり、法令への適合性を公的に証明するものではありません。
キャリア&ライフプラントータルサポートでは、企業の規模や課題に応じて、次のようなサービスを提供しています。
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仕事と介護の両立・介護離職防止に関する企業研修
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従業員向け個別カウンセリング
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経営者・人事担当者向けコンサルティング
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「認知症世界の歩き方」実践ワークショップ
「認知症世界の歩き方」は、認知症のある方への理解を深め、家族介護への備えや、仕事と介護の両立について考えるきっかけとなる体験型のプログラムです。
企業の実情に合わせて、無理なく取り組める方法を一緒に考えていきます。
▼法人向けサービスのご案内
https://career-life.org/corporate_services.html
キャリア&ライフプラントータルサポート
代表 山岸 博幸
国家資格キャリアコンサルタント
「認知症世界の歩き方」公認ファシリテーター(旅のガイド)
参考資料・出典
1.中小企業庁「2026年版中小企業白書」
2026年4月24日公表。中小企業を取り巻く人手不足や労働供給制約、人材確保・活用に関する状況を参照。
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2026/PDF/chusho.html
2.総務省統計局「令和4年就業構造基本調査 結果の要約及び概要」
2022年調査。介護・看護を理由に過去1年間に前職を離職した人数を参照。
https://www.stat.go.jp/data/shugyou/2022/pdf/kall.pdf
3.経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」
2026年3月改訂。仕事と介護の両立支援を経営課題として捉える考え方を参照。
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kaigo/kaigo_guideline.html
4.厚生労働省「介護休業制度特設サイト/法改正のポイント」
2025年4月施行の介護離職防止に関する事業主の義務を確認。
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/ryouritsu/kaigo/law-amendment/
5.厚生労働省「仕事と介護の両立ポイント」
介護保険サービスの利用、職場への相談、企業による両立支援の取り組みなどを参照。https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/ryouritsu/kaigo/balance/
※本記事は2026年10月23日時点で確認できる公的資料をもとに作成しています。経営への影響や具体的な対応方法については、一般的に考えられるリスクと実務上の提案を示したものであり、すべての企業で同じ結果が生じることを意味するものではありません。
法律上の具体的な適用や就業規則等の整備については、厚生労働省・都道府県労働局などの最新情報をご確認いただき、必要に応じて社会保険労務士等にご相談ください。

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