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映画公開応援・特別連載 第4回 自宅にいるのに「家に帰りたい」と話す理由―「家」は、安心できる記憶かもしれない

特別回④(映画公開HP案内)

自宅の居間で過ごしていた家族が、突然こう言う。

「そろそろ家に帰らないと...」
 

家族は驚きます。
 

「何を言っているの。ここが家でしょう」
 

しかし、本人は納得しません。
 

「ここは私の家じゃない」
 

玄関へ向かい、靴を履こうとしたり、荷物をまとめようとしたりすることもあります。
 

家族から見れば、確かにそこは本人が長く暮らしてきた自宅です。

それなのに、なぜ「家に帰りたい」と話すのでしょうか。
 

その言葉は、住所や建物のことだけを指しているとは限りません。
 

本人が帰りたい「家」は、安心できた時間、大切な人がいた場所、自分の役割があった暮らしなのかもしれません。

今回は、「家に帰りたい」という言葉の奥にある世界を、本人の側から考えてみたいと思います。
 

「家に帰りたい」は、住所を確かめる質問ではありません

私たちは「家」という言葉を聞くと、現在暮らしている建物や住所を思い浮かべます。
 

しかし、認知症のある方が話す「家」は、必ずしも今の自宅とは限りません。
 

子どもの頃に家族と暮らした家。

結婚して間もない頃の家。

子育てをしていた頃の家。

亡くなった両親や配偶者が待っていると思っている家。
 

本人の中では、現在の家よりも、昔の家や、その時代の記憶が強く感じられている場合があります。

そのため、「ここがあなたの家ですよ」と住所を説明しても、本人にとっては事実と感じられないことがあるのです。
 

本人の時間が、過去へ移っていることがあります

認知症では、最近の出来事を覚えておくことが難しくなる一方、昔の記憶が比較的残っている場合があります。
 

目の前の自宅や家族が分からなくても、若い頃の暮らしや、子育てをしていた頃の感覚が、本人の中では「今」として感じられていることがあります。
 

たとえば、本人の意識が子育て中の時代に戻っていれば、「子どもが学校から帰ってくるから、家に戻らなくては」と思うかもしれません。

働いていた頃の時間を生きていれば、「仕事が終わったから、自分の家へ帰ろう」と考えることもあります。
 

周囲には過去の話でも、本人にとっては、今まさに果たさなければならない役割なのです。
 

「家」は、安心できる場所の象徴かもしれません

「家に帰りたい」という言葉は、「今いる場所が不安です」という気持ちの表れである場合もあります。
 

周囲の人が誰なのか分からない。

部屋の様子が、いつもと違って見える。

これから何が起こるのか分からない。

自分の居場所や役割を感じられない。
 

そのような不安の中で、本人が求めているのが「家」という言葉で表される安心感なのかもしれません。
 

つまり、「帰りたい」という言葉の奥には、
 

「安心したい」

「大切な人に会いたい」

「自分の居場所へ戻りたい」

「以前のように役割を果たしたい」
 

という願いが隠れていることがあります。
 

夕方になると「帰りたい」が強くなることもあります

夕方になると落ち着かなくなり、「家に帰る」と繰り返す方もいます。

一日の疲れがたまることに加え、外が暗くなる、室内に影が増える、家族が夕食の支度で忙しくなるなど、周囲の環境が変化する時間でもあります。
 

また、長年続けてきた「夕方になったら仕事や買い物から家へ帰る」という生活の記憶が呼び起こされる場合もあります。
 

このように夕方から夜にかけて不安や混乱が強くなる状態は、一般に「夕暮れ症候群」「サンダウニング」などと呼ばれることがあります。

ただし、現れ方や原因には大きな個人差があります。「認知症だから仕方がない」と決めつけず、その日の疲れや体調、部屋の明るさ、騒音なども確認することが大切です。
 

「ここが家でしょう」と説得しても届かない理由

家族としては、正しい事実を伝えれば分かってもらえると思います。
 

しかし、本人の中では、目の前の場所が「自分の家ではない」と感じられています。
 

そこで、
 

「ここが家でしょう」

「何年もここに住んでいるでしょう」

「また同じことを言っている」
 

と強く訂正されると、自分の感じている世界を否定されたように思い、不安や怒りが強くなることがあります。
 

正しさを伝えることが間違いなのではありません。

ただ、その場で必要なのは、住所の正解よりも、「ここにいて大丈夫」と感じられる安心である場合があります。
 

今日から試せる6つの関わり方

すべての方に同じ方法が合うわけではありません。本人の性格や生活歴、その日の体調を見ながら、一つずつ試してみてください。

1.まず「帰りたい気持ち」を受け止める

「帰りたいんですね」

「家のことが気になっているんですね」
 

と、本人の言葉をいったん受け止めます。

すぐに訂正や説得を始めず、「そう感じているのですね」という姿勢を示すだけでも、本人の緊張が和らぐことがあります。
 

2.どのような家へ帰りたいのか、穏やかに尋ねる

「どんなお家ですか」

「家では、誰が待っていますか」

「帰ったら、何をしたいですか」
 

と尋ねると、本人が求めているものが見えてくることがあります。
 

ただし、質問を重ねすぎると負担になることもあります。本人が話し始めたら、答えを正すのではなく、ゆっくり聴くことを大切にします。
 

3.事実よりも、安心を伝える

「大丈夫ですよ。私も一緒にいます」

「今日はここで休んでいきましょう」

「お茶を飲んでから、一緒に考えましょう」
 

など、今すぐ一人で出かけなくても大丈夫だと感じられる言葉を伝えます。

穏やかな声や表情、本人と同じ目線で話すことも大切です。
 

4.懐かしい物や習慣につなげる

昔の写真、なじみのある音楽、使い慣れた家具、好きだった飲み物などが、安心を取り戻す手がかりになる場合があります。
 

「この写真のお家のことを教えてください」

「いつものお茶を一緒に飲みませんか」
 

と、本人が心地よく感じられる記憶や習慣へつなげます。
 

5.安全を確かめながら、一緒に動く

本人が外へ出ようとしているとき、強く引き止めることで不安が高まる場合があります。
 

安全に歩ける状態であれば、一緒に家の周囲を短く歩き、落ち着いたところで戻る方法が合うこともあります。
 

ただし、転倒や行方不明の危険がある場合は、無理をしないことが大切です。
家族だけで抱えず、ケアマネジャー、地域包括支援センター、医療機関などへ相談し、見守りや安全対策を考えます。
 

6.不快や体調不良がないか確認する

「帰りたい」という落ち着かなさの背景に、痛み、空腹、のどの渇き、トイレ、便秘、眠気、暑さや寒さなどが隠れていることもあります。

急に様子が変わったときや、いつもより混乱が強いときは、感染症や薬の影響なども考えられます。普段と違う状態が続く場合は、医療・介護の専門職へ相談してください。
 

介護する家族が、うまく対応できない日もあります

「ここが家だと、どうして分かってくれないのだろう」
 

同じやり取りが続くと、介護する家族も疲れます。
 

時間に追われているときや、何度も外へ出ようとされたときに、いつも穏やかに対応することは簡単ではありません。

強い口調になってしまったとしても、それだけで家族として失格なのではありません。
 

いったん別の部屋へ移る。ほかの家族や支援者に代わってもらう。デイサービスやショートステイを利用する。

介護する人が休み、心の余裕を取り戻すことも、本人の安心を支えるために必要なことです。
 

映画の主人公・豊さんも「うちに帰りたい」と話します

2027年2月5日(金)公開予定の映画『認知症世界の歩き方』。
 

主人公の豊さんは、施設で明るく暮らしながら、「うちに帰りたい」と繰り返します。

豊さんの記憶は、しばしば20数年前へと移ります。
目の前の息子を息子だと認識できなくても、豊さんの中には、今も大切に残っている家族の時間があります。
 

「なぜ帰りたいと言うのか」を周囲から説明するだけでなく、本人には何が見え、どのような時間を生きているのかを映像で体験できることが、この映画の大きな魅力です。

一見すると理解しにくい言葉や行動にも、本人にとっての理由があります。
 

「家に帰りたい」という言葉を止める前に、「この人にとって、帰りたい家とはどのような場所なのだろう」と考えてみる。

その小さな問いが、本人の世界へ近づく入口になるのだと思います。
 

おわりに

本人が帰りたいのは、建物としての家ではなく、
 

安心できた時間。

大切な人が待っていた場所。

自分に役割があった暮らし。
 

そのような「心の帰る場所」なのかもしれません。
 

「ここが家でしょう」と正しさを伝える前に、
 

「どんな家に帰りたいの?」

「誰が待っているの?」
 

と、本人の世界を一緒に歩いてみる。
 

見え方が変われば、関わり方も変わります。
 

そして、「家に帰りたい」という言葉が、本人を理解するための大切な手がかりに変わっていきます。

次回は、「家族の顔が分からなくなる『顔無し族の村』」をテーマにお届けします。
 

「認知症世界の歩き方」実践ワークショップのご案内

「認知症について知識として学ぶだけでなく、本人が見ている世界を体験してみたい」
 

そのような方に向けた、対話と体験を中心とする実践型ワークショップです。
 

認知症のある方が日常で感じている戸惑いや不安を、“旅人”の視点で体験し、不可解に見える行動の背景を参加者同士で考えます。

認知症に関する専門知識がない方もご参加いただけます。
 

「認知症世界の歩き方」公認ファシリテーター(旅のガイド)として、私・山岸博幸がご案内します。
 

①2026年10月25日(日)14:00~16:00

開催内容・会場・参加費・お申し込み
https://peatix.com/event/5159960

②2026年11月23日(月)14:00~16:00

開催内容・会場・参加費・お申し込み
https://peatix.com/event/5226254

「認知症世界の歩き方」公式サイトのご案内

イシューデザインが運営する「認知症世界の歩き方」公式サイトでは、認知症の基礎知識、認知症のある方が生きる世界を表現した14のストーリー、書籍、ワークショップ、公認ファシリテーターなどの情報が紹介されています。
 

認知症を「周囲から見える症状」だけでなく、「本人が見ている世界」から理解するための入口となるサイトです。
 

「認知症世界の歩き方」公式サイト
https://issueplusdesign.jp/dementia_world/
 

映画『認知症世界の歩き方』のご案内

映画『認知症世界の歩き方』は、2027年2月5日(金)、全国150館規模で公開予定です。
 

原作は、認知症のある方100人を超えるインタビューをもとに、「ご本人が見ている世界」を旅のガイドブックという形で描いた『認知症世界の歩き方』です。
 

主演はルー大柴さん。認知症のある主人公・豊さんと、長く音信不通だった息子との物語を通して、認知症のある方が見ている世界を、驚きと温かさのある映像で描きます。

予告編、ストーリー、出演者、上映劇場、前売券の情報はこちらからご覧いただけます。
 

映画『認知症世界の歩き方』公式サイト
https://issueplusdesign.jp/dementia_world/movie/
 

※認知症の症状や感じ方、役立つ関わり方には個人差があります。本記事は一般的な情報であり、診断や個別の医療・介護上の判断に代わるものではありません。
 

参考情報

Alzheimer's Society「I want to go home」
https://www.alzheimers.org.uk/blog/i-want-go-home-what-to-say-to-someone-in-dementia-care


Dementia UK「Restlessness and agitation in dementia」
https://www.dementiauk.org/information-and-support/health-advice/dealing-with-restlessness/


NHS「Coping with dementia behaviour changes」
https://www.nhs.uk/conditions/dementia/living-with-dementia/behaviour/


戸田病院認知症疾患医療センター「家に帰りたいというのは、なぜ?」
https://ninchi-center.jp/topics/2026/06/15/15731

2026年10月19日 09:38

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