想定外の介護|第7回「今日はお風呂に入らない」だけではなかった。入浴拒否という介護の現実
家族なら簡単に勧められる――そう思っていた
※この記事は、私自身の父の介護経験と、介護現場で起こり得る事例をもとに、本人の尊厳と個人情報に配慮して構成しています。また、介護施設の対応を批判するものではありません。日々父の様子を見ながら、入浴につながるよう工夫してくださっている施設職員の方々から状況を共有いただいたことで、家族が初めて知ることのできた介護の現実です。
「お父さまは、対応の仕方によっては入浴を拒否されます」
父について施設の方から状況を教えていただいた時、気になったことの一つが「入浴」でした。
施設の方からは、「上手に対応しないと、『面倒だから』と入浴を拒否されることがあります」という話がありました。
私は最初、「お風呂に入りたくない日くらいはあるだろう」と考えました。
自分自身だって、疲れていれば、「今日はもういいかな」と思うことがあります。
でも、介護の中での「入浴拒否」は、それだけではないことを知りました。
「お風呂に入る」という行動には、いくつもの段階がある
元気な時は、「お風呂に入ろう」と思えば、自分で浴室へ行き、服を脱ぎ、身体を洗い、湯船につかり、身体を拭いて着替える。
何気なくやっています。
ところが、高齢になり身体機能や認知機能が変化すると、この一連の行動そのものが負担になることがあります。
立ち上がる。
浴室まで歩く。
服を脱ぐ。
寒さを感じる。
浴室へ入る。
身体を洗う。
立ったり座ったりする。
再び服を着る。
私たちにとっては一つの「入浴」という行為でも、本人にとっては、いくつもの動作の連続です。
「面倒だ」という言葉の裏には、本当に面倒という気持ちだけでなく、
疲れる。
動きたくない。
寒い。
怖い。
今していることを中断したくない。
なぜ入浴しなければならないのか分からない。
といった、さまざまな理由が隠れていることもあるのだと思います。
家族は、つい「入った方がいいよ」と言ってしまう
もし父が自宅にいて、「今日はお風呂に入らない」と言ったら。
私はどうするだろう、と考えました。
おそらく、
「昨日も入っていないでしょう」
「入った方がさっぱりするよ」
「身体をきれいにした方がいいよ」
そんな言葉をかけると思います。
でも、こちらが正しいと思って言っていることが、本人には、「無理やりやらされる」と感じられるかもしれません。
そして、
「嫌だ」
「今日は入らない」
と、さらに拒否が強くなる可能性もあります。
介護では、正しいことを伝えれば本人が納得するとは限らない。
これも、私には十分に想像できていなかったことでした。
「家族だから言うことを聞いてくれる」とも限らない
親子だから、本人のことをよく分かっている。
だから家族ならうまく対応できる。
そんなふうに考えることもあるでしょう。
でも、実際には逆のこともあります。
家族だからこそ、
「分かっているよ」
「何度も言わないで」
「子どもにそんなことを言われたくない」
と反発されることがあります。
昔は親が子どもを世話していた関係です。
その子どもから、
「お風呂に入った方がいい」
「薬を飲んで」
「トイレに行こう」
と言われる。
親にとって、その関係の変化自体が受け入れにくいこともあるのかもしれません。
施設では「入浴させる」だけではなかった
父が施設で入浴できているのは、「今日はお風呂の日だから入ってください」と言われ、そのまま素直に入っているからではありません。
父の気分。
体調。
その時何をしているか?
どの職員さんが声をかけるか?
どんな言葉を使うか?
そうしたことを見ながら、施設の方が対応してくださっているのだと思います。
私は施設からこの話を聞いて、「入浴介助とは、身体を洗うことだけではない」と感じました。
浴室へ行ってもらうまでにも、介護がある。
本人が納得し、動き出せるようにするところから、すでに介護は始まっているのです。
一回入らなくても、すぐ重大な問題になるわけではない
もちろん、一度入浴を断ったからといって、それだけで大きな問題になるわけではありません。
体調が悪い日もあります。
疲れている日もあります。
本人がどうしても嫌な日もあるでしょう。
大切なのは、単純に、「入浴拒否=問題行動」と考えないことだと思います。
ただ、それが何度も続けば、別の問題につながる可能性があります。
汗や皮脂による不快感。
皮膚の状態。
排せつ後の清潔保持。
褥瘡や皮膚トラブルの確認。
そして本人自身の快適さ。
特に高齢者は皮膚が弱くなっている場合もあり、清潔を保つことと身体状態を確認することは密接につながっています。
つまり入浴は、単に「身体をきれいにする時間」ではないのです。
排せつの問題ともつながっていた
第4回では、父母の排せつについて書きました。
排せつ後には、皮膚の状態を確認する必要がある。
清潔を保たなければ、皮膚がただれてしまう可能性もある。
そう考えると、排せつと入浴も別々の問題ではありません。
排せつ。
清潔保持。
皮膚状態。
着替え。
入浴。
すべてが生活の中でつながっています。
介護が始まる前の私は、
「トイレの介助」
「入浴介助」
「服薬管理」
と、一つひとつを別々の介護としてイメージしていました。
でも実際には、一つの問題が次の問題につながっています。
これもまた、「想定外の介護」でした。
在宅介護なら、誰がその働きかけをするのか?
ここで私は、また自宅介護に置き換えて考えてしまいます。
もし父が自宅にいて、「今日は入らない」と言ったら...。
誰が声をかけるのか?
一度断られたら、時間を置いてもう一度勧めるのか?
強く言わずに、どう気持ちを向けてもらうのか?
家族が仕事から帰ってきた夜に、「さあ、お風呂に入ろう」と言っても、その時には父が疲れているかもしれません。
翌朝なら、家族は仕事があります。
介護は、「身体を洗えば30分」という単純な時間計算ではできないのです。
本人が動く気持ちになるまでの時間も、介護の時間になることがあります。
介護では「拒否」が起こることがある
入浴だけではありません。
介護では、
薬を飲みたくない。
病院へ行きたくない。
デイサービスへ行きたくない。
ヘルパーを家に入れたくない。
施設には入りたくない。
そんな「嫌だ」が起こることがあります。
家族からすれば、「本人のためなのに...」と思います。
でも本人には、本人なりの理由があります。
そして、「本人にとって必要なことと、本人がやりたいことが一致するとは限らない。」
ここに介護の難しさがあります。
「お風呂くらい」と思っていた
私は父の入浴の話を聞くまで、入浴がそれほど大きな介護問題になるとは考えていませんでした。
身体を支える。
浴室で転ばないよう見守る。
そうした身体介助は想像していました。
でも、「そもそも、お風呂に入ってもらえない」という段階があることまでは、考えていませんでした。
しかも、対応の仕方によって本人の反応が変わる。
これは、介護技術だけではなく、人との関わりそのものです。
施設の方の「見えない介護」
家族が面会に行った時、父が清潔な服を着て、普通に座っている。
その姿を見れば、「ちゃんと過ごせている」と思います。
でも、その姿になるまでには、
排せつへの対応。
着替え。
服薬。
食事。
入浴。
本人への声かけ。
さまざまな支援があります。
そして、その多くを家族は見ていません。
今回、施設の方から父の入浴について教えていただいたことで、私は、「家族には見えない介護が、毎日の生活の中にたくさんある」ことに改めて気づきました。
想定外の介護は「できなくなる」だけではない
介護というと、
歩けなくなる。
トイレに行けなくなる。
薬を管理できなくなる。
そうした「できなくなること」を想像します。
しかし、
本人が嫌がる。
拒否する。
納得してくれない。
ということもあります。
身体的にはできる。でも、本人がやりたくない。
これも、介護では大きな問題になります。
だから、
「まだ歩けるから大丈夫」
「自分で身体を洗えるから大丈夫」
それだけでは分からないことがあります。
「うちの親なら大丈夫」と思っていても
元気な親に「将来、お風呂に入りたくないって言い出すかもしれないね」と話しても、「そんなことはない」と笑われるかもしれません。
本人も、今はそう思っているでしょう。
でも、
高齢になる。
病気になる。
身体が思うように動かなくなる。
認知機能が変化する。
そうすると、本人の感じ方や行動が変わることがあります。
今の親を見て、「うちの親なら大丈夫」と思っていても、介護が必要になった時にも同じとは限りません。
私は父母を見ながら、そのことを何度も感じています。
介護は「やってあげれば終わる」ものではなかった
第4回では排せつ。
第5回では、治療の影響で退院後の生活が変わったこと。
第6回では、朝は普通だった父が数時間後に緊急搬送されたこと。
そして今回の入浴拒否。
内容はまったく違います。
でも、一つ共通しています。
私が事前に想像していた介護よりも、実際の介護はずっと複雑だったということです。
介護者が何かを「やってあげる」。
それだけでは終わりません。
本人がどう感じるか?
受け入れてくれるか?
その日の体調はどうか?
昨日うまくいった方法が、今日もうまくいくか?
その都度変わります。
これもまた、介護は一つの出来事ではなく、想定外が次々と起こるものだと感じる理由です。
この連載で伝えたいのは、「介護は怖い」ということではありません。「そんなこともあるのか...」と知っていただくことです。
知らなければ、起きた時に驚きます。
私自身がそうでした。
「お風呂に入る」
という、ごく普通の日常の中にも、介護の想定外はあります。
親が今、元気に自分でお風呂に入っているうちは、なかなか想像できないことかもしれません。
だからこそ、元気な今のうちに、「介護って、こういうことまで起こるんだ」と知っておくことにも意味があるのではないでしょうか?
▼親の介護や介護準備が気になっている方はこちらをご覧ください。

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