想定外の介護|第5回退院が見えてきた父に、朝・昼・晩3回のインスリン注射が必要になった
病気は落ち着いたのに、自宅に戻れなくなった想定外
※この記事は、私自身の父の介護経験をもとに、本人の尊厳と個人情報に配慮しながら構成しています。
治療内容や経過はあくまで父の場合であり、病状や治療方法は一人ひとり異なります。
「ようやく退院できる」——そう思った矢先でした
父が間質性肺炎で入院した時のことです。
入院当初は、もちろん父の病状が一番の心配でした。
このまま良くなるのだろうか?
どのくらい入院するのだろうか?
また以前のような生活に戻れるのだろうか?
そんなことを考えながら、病状の経過を見守っていました。
そして治療が進み、間質性肺炎の状態が落ち着いてきました。
やがて、退院の話も出始めました。
私は、「良かった!これで父はようやく家に帰れる。」と、正直ほっとしました。
ところが、その安心は長く続きませんでした。
退院後の生活について話を進めていく中で、思ってもいなかった問題が出てきたのです。
入院前は、糖尿病を内服薬で管理していた
父には糖尿病の持病がありました。
ただ、間質性肺炎で入院する前までは、糖尿病については内服薬で管理していました。
ですから私の中では、「糖尿病は以前からある持病」という認識はあっても、それが父の退院先を左右するような問題になるとは考えていませんでした。
ところが、間質性肺炎の治療ではステロイド系の薬が使われました。
父の場合、その治療を経て、血糖管理の方法が大きく変わりました。
退院後は、朝・昼・晩、1日3回のインスリン注射が必要になったのです。
私は、その話を聞いて戸惑いました。
間質性肺炎は落ち着いた。
退院も見えてきた。
なのに今度は、別の問題が出てきた。
しかも、それまでとはまったく違う生活上の問題でした。
「1日3回の注射」が、自宅に帰ることを難しくした
朝。
昼。
晩。
毎日3回のインスリン注射。
この「3回」という言葉を聞いた時、私は初めて現実を考えました。
自宅に戻った場合、誰が対応するのか?
朝だけなら、何とかなるかもしれない。
夜だけなら、家族が帰宅してから対応できるかもしれない。
しかし、昼があります。
私も含め、家族には仕事があります。
毎日、朝・昼・晩と父のそばにいて、必要な対応を続けることは、私たち家族にとって現実的ではありませんでした。
それまで私は、「病気が治まれば退院して、自宅に戻る。」という流れを、どこか当たり前のように考えていました。
でも、その当たり前が崩れました。
父は退院できる状態に近づいている。
なのに、自宅には戻せない。
この矛盾したような状況が、私には大きな想定外でした。
病気が良くなったのに、元の生活には戻れなかった
ここは、今振り返っても強く印象に残っています。
「病状が落ち着きました」
本来なら、家族にとって嬉しい言葉です。
私もそうでした。
でも、病気が良くなることと、以前の生活に戻れることは、同じではありませんでした。
父の場合、間質性肺炎そのものは落ち着いてきた。
けれど、その治療を経たことで糖尿病の管理方法が変わった。
そして、その新しい医療上の条件によって、自宅での生活が難しくなった。
一つの病気を治療する。
その結果、別の持病への対応が変わる。
その変化が、退院後の暮らし方まで変えてしまう。
そんなことが起きるとは、私は想像していませんでした。
病院のケースワーカーに相談することになった
では、父は退院後、どこで暮らすのか?
ここから、また新しい問題が始まりました。
自宅には戻れない。
しかし、病院にはずっと入院していられるわけではない。
私は病院のケースワーカーの方に相談しました。
父の状態。
糖尿病の管理。
インスリン注射。
家族の生活。
退院後に必要になる支援。
そうしたことを一つずつ整理していきました。
最終的に、私たち家族にとって現実的な選択肢となったのが、介護付き有料老人ホームへの入居でした。
これも、まったく想像していなかった展開です。
入院する前の父は、自宅で生活していました。
私も、「病院で治療して、良くなれば家に帰る」と思っていました。
それが、入院 → 治療 → 退院 → 自宅ではなく、
入院 → 治療 → 退院 → 介護施設
になったのです。
介護施設を探すことになるとは、入院した時には想像すらしていませんでした。
「退院」は、必ずしも「家に帰ること」ではない
この経験から、私は「退院」という言葉の受け止め方が変わりました。
以前の私は、
退院=良くなった
退院=家に帰る
退院=元の生活に戻る
というイメージを持っていました。
でも、高齢の親の場合、必ずしもそうではありません。
病気そのものは治療できても、
歩く力が落ちているかもしれない。
排せつに支援が必要になっているかもしれない。
服薬管理ができなくなっているかもしれない。
医療的な対応が増えているかもしれない。
認知面が変化しているかもしれない。
そして父のように、持病の管理方法そのものが変わることもある。
「退院できます」と言われて初めて、「では、退院した後はどこで、どう暮らすのか?」という、もう一つの現実が始まることがあります。
持病があることで、想定外が重なっていく
父には、間質性肺炎になる以前から、糖尿病という持病がありました。
今回私が強く感じたのは、高齢の親に複数の病気や持病がある場合、一つだけを見ていてはいけないということです。
間質性肺炎がどうなるか?
一命を落とすことはないのか?
当初、私の頭の中にあったのは主にそこでした。
でも実際には、
間質性肺炎を治療する。
↓
治療によって血糖管理が変わる。
↓
インスリン注射が必要になる。
↓
本人(私)だけでは対応が難しい。
↓
家族が在宅で支えることも難しい。
↓
自宅への退院が難しくなる。
↓
退院先として介護施設を探す。
と、次の問題がつながっていきました。
一つ解決すると、次の問題が出てくる。
それまで想定していなかったことが、次々と現実になる。
まさに、この連載のタイトルである「想定外の介護」そのものでした。
介護は、病気そのものだけを見ていても分からない
親が入院すると、どうしても病名に目が向きます。
肺炎なら肺炎。
骨折なら骨折。
心臓病なら心臓病。
がんならがん。
家族は、「その病気が治るか?」を心配します。
もちろん、それは当然です。
でも、高齢者の場合には、元々持っている病気、身体機能、認知機能、服薬、生活環境などが複雑に関係していることがあります。
そのため、主な病気が落ち着いたからといって、介護の問題まで元に戻るとは限らない。
私は父の経験から、そのことを知りました。
「良かった」と安心した直後に、次の想定外が来る
介護では、この感覚が何度もあります。
病状が落ち着いた。
良かった。
施設が決まった。
良かった。
状態が安定した。
良かった。
そのたびに、家族は少し安心します。
ところが、その直後に別の問題が出てくることがあります。
父の場合は、「間質性肺炎が落ち着いた」という安心の直後に、「朝・昼・晩3回のインスリン注射が必要」という現実が現れました。
そして、その一つの変化が、「自宅へ帰れるかどうか?」という大きな問題につながりました。
介護の想定外は、一つの大きな事件として起こるだけではありません。
治療の変化。
薬の変化。
できることの変化。
生活場所の変化。
それらが連鎖することがあります。
もし、あなたの親だったら...
少しだけ、自分の親に置き換えて考えてみてください。
親に何か持病はありますか?
どんな薬を飲んでいるでしょうか?
その病気の管理方法が変わったら、自宅で今までと同じように暮らせるでしょうか?
医療的な対応が1日数回必要になったら、誰が対応するでしょうか?
本人が対応できなくなったら、家族だけで支えられるでしょうか?
私は父が入院する前、そこまで考えたことはありませんでした。
だからこそ、「そんなことまで起こるのか?」と、読者の皆さんには知っておいていただきたいと思っています。
病気が落ち着けば元通り——ではなかった
今回の出来事で、私にとって一番の想定外は、インスリン注射そのものではありませんでした。
間質性肺炎が落ち着き、ようやく父が自宅に帰れると思った時に、別の持病への対応が変わったことで、自宅に戻れなくなったこと。
ここでした。
病気が一つ良くなっても、生活全体が元通りになるとは限らない。
一つの治療が、その人の別の病気や暮らし方に影響することがある。
そして、その結果として、住む場所まで変わることがある。
私は父の介護を経験するまで、その現実を知りませんでした。
介護は、一つの出来事ではなく、想定外が次々と起こるものです。
しかもその想定外は、本人だけではなく、家族の仕事や生活、そしてこれからの暮らし方まで変えていくことがあります。
この連載では、その現実をこれからもお伝えしていきたいと思います。
「うちの親は、まだ大丈夫」そう思っている方にこそ、「こんなことも起こるのか?」と、一度知っていただけたらと思っています。
▼親の介護や介護準備が気になっている方はこちらをご覧ください。

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