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想定外の介護|第1回 介護施設に入居してくれたので、これで安心だと思っていた

第1回

実話をもとに描く、親が倒れてから家族が知った20の現実

※この記事は、実際の介護現場で起こりうる複数の事例をもとに、個人が特定されないよう再構成したものです。
 


「やっと、少し安心できる」
 

母の介護施設への入居が決まった時、娘のA子さんは心の底からそう思いました。
 

何度も施設を探しました。
見学にも行きました。
費用も確認しました。
必要な書類もそろえました。
兄弟とも話し合い、ようやく入居先が決まりました。
 

それまでの数か月は、まるで終わりの見えないトンネルのようでした。
 

母は一人暮らしをしていましたが、転倒をきっかけに入院。
退院後、自宅に戻るのは難しいと言われました。
 

「このまま一人で暮らすのは危ない」
「でも、娘である私が毎日通うのも難しい」
「仕事もある。自分の家庭もある」
 

そんな葛藤の中で、ようやく見つけた施設でした。
 

入居当日、母は少し不安そうな顔をしていました。
それでも、職員さんは優しく声をかけてくれました。
 

部屋も明るい
食事も出る
見守ってくれる人もいる
何かあれば連絡ももらえる
 

娘のA子さんは、母の荷物を片づけながら思いました。
 

「これで母も安全に暮らせる」
「これで私も、少し落ち着ける」
「これで介護の心配も、一段落する」
 

ところが、その日の夜。
母から電話がかかってきました。
 

「明日、家に帰るから迎えに来て」

A子さんは一瞬、言葉を失いました。
 

「え? どうしたの?」

「ここは嫌。ご飯も合わないし、知らない人ばかりだし、落ち着かない」

「でも、お母さんも一緒に見学したでしょう?」

「そんなこと知らない。私は家に帰る」
 

母の声は、怒っているようにも、泣いているようにも聞こえました。
 

A子さんの頭の中が混乱します。
 

契約は済ませた。
荷物も運んだ。
施設の職員さんにも挨拶した。
本人も、あの時は「ここならいいかもしれない...。」と言っていた。
 

それなのに、なぜ今になって「帰る」と言うのか?
 

翌日も電話が来ました。
 

「部屋が狭い」
「ご飯が薄味すぎる」
「隣の人の声が気になる」
「職員さんが忙しそうで話を聞いてくれない」
「やっぱり家がいい」
 

A子さんは、仕事の合間に何度も電話を受けました。
昼休みに施設へ連絡し、夕方には母へ電話を返しました。
 

施設に入れば安心できると思っていた。
でも実際には、施設に入ってからも、介護は終わりませんでした。

むしろ、別の形で始まったのです。
 


介護施設に入ることは、家族にとっては大きな安心材料です。
 

転倒の心配が減る。
食事の心配が減る。
夜間の見守りがある。
何かあれば職員さんが対応してくれる。
 

だから家族は、「これでようやく一息つける」と思います。
 

でも、本人にとって施設入居は、必ずしも「安心」だけではありません。
 

住み慣れた家を離れる。
自由に過ごしていた時間が変わる。
自分の台所、自分の布団、自分の近所づきあいがなくなる。
毎日顔を合わせる人も、生活のリズムも変わる。
 

それは、高齢の親にとって、とても大きな環境変化です。

頭では必要だと分かっていても、心がついていかないことがあります。
見学の時は納得していたように見えても、実際に暮らし始めてから不安が噴き出すこともあります。
 

家族から見ると、こう思うかもしれません。
 

「せっかく良い施設を探したのに」
「安全のために入居したのに」
「こちらも大変な思いをして準備したのに」
 

でも親の側から見ると、別の思いがあります。
 

「自分は家を追い出されたのではないか?」
「もう一人では暮らせない人間だと思われたのではないか?」
「家族に迷惑をかける存在になってしまったのではないか?」
 

施設入居は、生活の場所が変わるだけではありません。
本人の自尊心や喪失感とも深く関わっています。
 


さらに想定外なのは、施設に入った後も、家族の役割は続くということです。
 

施設から電話が来ることもあります。
本人から不満の電話が来ることもあります。
体調の変化、通院、薬の変更、衣類の補充、費用の確認、面会の調整もあります。
 

そして何より、本人の気持ちを受け止める役割は、家族に残り続けます。
 

「帰りたい」と言われた時、どう返すのか?
「ここは嫌だ」と言われた時、どう受け止めるのか?
施設の職員さんに、親の性格やこだわりをどう伝えるのか?
家族として、どこまで関わり、どこから専門職に任せるのか?
 

ここを考えていないと、家族は再び追い込まれます。
 

介護施設に入ったのに、電話が来るたびに気持ちが揺れる。

母に申し訳ないと思う。
でも、自宅に戻せるわけでもない。
仕事中も、スマートフォンが鳴るたびに胸がざわつく。

「施設に入れば終わり」ではなかった。

この現実を、入居してから初めて知る家族は少なくありません。
 


もちろん、これは「施設が悪い」という話ではありません。
 

施設は、家族だけでは支えきれない暮らしを支えてくれる大切な存在です。
介護職の方々は、日々多くの入居者を支えています。
 

ただし、施設に入ればすべてが自動的に解決するわけではありません。
 

親がどんな環境なら落ち着きやすいのか?
どんな言葉に不安を感じるのか?
人に頼ることをどう受け止める人なのか?
集団生活が得意なのか、苦手なのか?
どんなこだわりがあるのか?
家族に何を言われると安心するのか?
 

こうしたことを、家族がある程度知っているかどうかで、入居後の混乱は変わります。
 

親の介護準備というと、どうしてもお金、施設、相続、延命治療といった重い話を想像しがちです。
 

でも、本当に大切なのは、もっと手前にあります。
 

親は、どんな暮らしを大切にしているのか?
何を失うことが一番つらいのか?
どんな言葉なら受け入れやすいのか?
家族にどこまで関わってほしいと思っているのか?
 

そこを知らないまま介護が始まると、家族はどうしても「その場その場の判断」に追われます。
 

そして、あとになって思うのです。

「もっと早く聞いておけばよかった」と。
 


介護が想定外になる理由は、家族の愛情が足りないからではありません。

事前に確認していなかったことが、ある日突然、まとめて必要になるからです。
 

施設を探す時
退院先を決める時
親が「家に帰りたい」と言い出した時
兄弟で意見が分かれた時
本人の希望と家族の限界がぶつかった時
 

そのたびに、家族は判断を迫られます。
 

だからこそ、親が元気なうちに、少しずつ確認しておくことが大切です。
 

ただし、いきなり親にこう聞く必要はありません。
 

「施設に入るならどこがいい?」
「介護が必要になったらどうする?」
「お金はどうなっているの?」
「延命治療は希望するの?」
 

こうした話を突然切り出せば、親が身構えるのは当然です。
 

最初は、もっとやさしい入口でいいのです。
 

「もし急に入院した時に、私が何も知らないと慌てると思うんだ。」
「お母さんの希望と違う判断をしたくないから、少しずつ確認してもいい?」
「まずは病院や薬のことだけでも教えてもらえる?」
 

介護準備は、親を急がせるためのものではありません。
親の希望を大切にしながら、家族が急な介護で慌てないための準備です。
 


この連載では、これから20回にわたり、親が倒れてから家族が知ることになる「想定外の介護」を描いていきます。
 

施設に入ったのに安心できなかった話
親がサービスを拒否した話
きょうだいがいるのに一人だけが抱え込んだ話
介護休業を取ったのに苦しくなった話
延命治療の希望を聞いておらず、家族が沈黙した話
 

どれも、特別な家庭だけの話ではありません。
 

「まだ大丈夫」
「うちの親は元気だから」
「そのうち話せばいい」
 

そう思っている家庭にこそ、知っておいてほしい現実です。
 

親の介護は、始まってから考えることもできます。
でも、始まってからでは、考える余裕がないこともあります。
 

だからまずは、親に何かを言う前に、「わが家は今、どこまで準備できているのか?」
を見える化してみてください。
 

私が作成した 「親が倒れる前の介護準備チェックシート」 では、健康・医療、介護・暮らし、お金・資産、家族・兄弟姉妹、終末期・終活、親への切り出し準備まで、30項目で確認できるようにしています。
 

点数が低くても、落ち込む必要はもちろんありません。
 

大切なのは、今日から小さく確認を始めることです。
 

親にいきなり重い話をする必要はありません。

まずは、家族が慌てないために、最初の一歩を整理するところから始めてみませんか?

▼親が倒れる前の介護準備チェックシートはこちらから

2026年07月02日 18:56

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