『お別れホスピタル』第10話|支える側の人にも、当然ながら人生がある
こんばんは。
『お別れホスピタル』を読みながら感じたことを綴る連載、第10話です。
今回は、赤根さんの回を読んで、強く考えさせられたことを書いてみたいと思います。
この回を読んでまず感じたのは、支える側の人にも、当然ながら人生があり、悩みがあり、守りたい家族がいるということでした。
終末期病棟を描く作品では、どうしても患者さんやご家族に目が向きます。
それは当然ですし、大切なことでもあります。
けれど、その傍らで日々患者さんを支えている看護師さんや介護職の方々もまた、一人の生活者であり、一人の家族であり、一人の人間です。
赤根さんは、看護師として強く、頼もしく、周囲から一目置かれる存在として描かれています。
厳しさもある。
現場を引き締める力もある。
簡単には揺らがないようにも見える。
だからこそ、周囲からは「大丈夫そう」に映るのかもしれません。
でも私は、この回を読みながら、その強さの奥には、母としての責任や、一人で抱えてきた重さがあるのだろうと感じました。
仕事ができる人ほど、「しっかりしている人」「任せられる人」と見られます。
頼られることも多いでしょう。
責任のある場面を任されることも増えるでしょう。
でも、その分だけ、その人自身のしんどさは見えにくくなります。
「この人は大丈夫」
「この人は強いから平気」
「この人なら乗り越えられる」
そんなふうに見られてしまうと、本当は苦しくても、弱音を吐く場所がなくなってしまうことがあります。
私は赤根さんの姿から、「強い人」ほど支援の対象から外されやすいという現実を感じました。
看護や介護の現場で働く人は、日々、人の死や苦しみに向き合っています。
患者さんの不安、家族の悲しみ、現場の緊張感。
そのすべてを受け止めながら、自分の感情は後ろに置いて働いていることも多いのではないでしょうか。
でも、その負担を「仕事だから」で片づけてはいけないのだと思います。
どれだけ professional に見えても、傷つく時は傷つく。
苦しい時は苦しい。
泣きたい時もある。
心が折れそうになる時もある。
それは決して弱さではなく、人として自然なことです。
赤根さんの厳しさも、私は冷たさではなく、現場を守る責任感から来ているように感じました。
患者さんを守る。
現場を回す。
仲間を支える。
そのためには時に厳しくならざるを得ない。
そうした立場にいる人ほど、自分の気持ちは後回しになりやすいのかもしれません。
そして、「頼れる人」がいつも頼られる側に回り続けると、その人自身のしんどさはますます見えにくくなります。
母として。
看護師として。
生活者として。
いくつもの役割を背負って生きる赤根さんの姿には、私は現代の多くの働く女性の姿も重なりました。
仕事では責任を果たさなければならない。
家庭では母としての役割がある。
自分自身の生活も回さなければならない。
誰かに頼りたい時があっても、簡単には頼れない。
それでも、周囲からは「しっかりしている人」に見えてしまう。
こうした構図は、看護や介護の現場に限らず、多くの職場や家庭で起きていることなのかもしれません。
だから私は、この赤根さんの回を、「患者さんを支える看護師」の回というより、「看護師という一人の人間」を見つめる回だと感じました。
人を支える仕事をしている人にも、支えられる時間が必要です。
その当たり前のことを、私たちはつい忘れてしまいます。
支える側だから、強くて当たり前。
慣れていて当たり前。
感情をコントロールできて当たり前。
そんなふうに見てしまうことがあるのかもしれません。
でも本当は、人を支える仕事をしている人ほど、言葉にできない疲れや孤独を抱えていることもあるのではないでしょうか?
終活や介護を考える時、私たちは本人や家族のことを中心に考えがちです。
もちろん、それは大事です。
けれど同時に、医療・介護職の方々が、どのような思いで関わっているのかにも目を向けたいと感じました。
その人たちもまた、仕事のあとに自分の生活があり、家族があり、悩みがある。
患者さんを見送ったあとも、何事もなかったように次の仕事へ向かっているように見えて、その心の中には積み重なるものがあるはずです。
赤根さんのように責任感の強い人ほど、自分の限界を後回しにしてしまうことがあります。
だからこそ、周囲が小さな変化に気づくことも大切なのだと思います。
いつもより口数が少ない。
表情が固い。
疲れがにじんでいる。
笑顔が減っている。
そうした小さなサインに気づける関係があること。
それは、患者さんを支えることと同じくらい大切なのかもしれません。
この回を読むと、「強く生きること」と「弱さを見せること」は決して矛盾しないのだと感じます。
強い人だからこそ、時には弱さを見せていい。
頼られる人だからこそ、時には頼っていい。
支える人だからこそ、支えられる時間が必要。
そのことを認められる社会の方が、きっと人にやさしいのだと思います。
赤根さんの存在は、終末期医療の現場が、患者さんだけでなく、支える人たちの覚悟と生活によって成り立っていることを教えてくれます。
見送られる人の人生がある。
見送る家族の人生がある。
そして、支える人の人生もまた、同じように揺れながらその場にある。
そのことを忘れてはいけないのだと思いました。
みなさんは、介護や看取りを考える時、支える人の人生にまで思いを向けたことがあるでしょうか?
また、ご自身が「頼られる側」になりやすい方だとしたら、弱音を吐ける場所はあるでしょうか?
そして、支える人が支えられるために、どんな関わりや職場、社会が必要だと思うでしょうか?
『お別れホスピタル』は、患者さんの物語だけでなく、支える人の人生にも静かに光を当ててくれる作品なのだと思います。
読書会でも、
「支える側のしんどさをどう支えるか」
「強い人が弱さを見せられる関係とは何か」
「医療・介護職の方々の人生に、どう思いを寄せられるか」
といったことを、安心して語り合えたらと思っています。
この記事を読んで頂き、読書会にもご興味を持って頂けると嬉しいです。
(クリックして頂くとイベントページをご覧いただけます。)
【オンライン開催】ドラマでも話題!漫画『お別れホスピタル』
ゆる〜い読書会(第2巻)
【リアル開催】ドラマでも話題!漫画『お別れホスピタル』
ゆる〜い読書会(第2巻)

投稿されたコメントはありません