『お別れホスピタル』第8話|老いても尊厳を失わずに、役割を手放すにはどうすればよいのだろう
こんにちは。
『お別れホスピタル』を読みながら感じたことを綴る連載、第8話です。
今回は、御法川先生の回を読んで、強く考えさせられたことを書いてみたいと思います。
この回を読んでまず感じたのは、どれほど立派な実績を持つ人にも、必ず「老い」と向き合う時が来るのだということでした。
長年、社会の中で必要とされ、責任ある役割を果たし、人から尊敬されてきた人。
そうした人にとって、仕事を続けることは単なる収入のためではなく、生きがいであり、誇りであり、自分らしさそのものでもあるのだと思います。
だからこそ、生涯現役でありたいという思いは、とても自然で尊いものです。
できる限り人の役に立ちたい。
まだ必要とされていたい。
自分の経験や知識を活かし続けたい。
そう願うこと自体は、決して否定されるものではありません。
けれどこの回を読んでいると、その尊い思いの一方で、周囲に迷惑や負担が生じ始めた時、「続けること」と「退くこと」の意味を考えずにはいられませんでした。
どれほど優秀な人でも、どれほど経験豊かな人でも、老いは少しずつ現れます。
判断力、体力、気力、集中力、記憶力。
その衰えは急激ではなく、少しずつ、本人にも周囲にも分かりにくい形で進んでいくことがあります。
そして、長年人から尊敬されてきた人ほど、自分の衰えを認めることは難しいのかもしれません。
「まだできる」
「自分は大丈夫だ」
「周囲が大げさに言っているだけだ」
そう思いたくなる気持ちは、とてもよく分かります。
なぜなら、それは単なる能力の問題ではなく、自分の存在価値にも関わってくるからです。
御法川先生の姿からは、まさに「誇り」と「現実」の間で揺れる老いの厳しさが伝わってくるように感じました。
仕事を続けることは、生きがいになります。
社会とのつながりにもなります。
朝起きる理由にもなります。
自分がまだ必要とされているという実感にもつながります。
けれど一方で、どこかで自分の状態を客観的に見つめる勇気も必要なのだと思います。
ここが老いの難しいところなのでしょう。
「まだできる」と思う本人と、「そろそろ限界ではないか」と感じる周囲の間に、どうしてもずれが生まれるのです。
そして、そのずれがある時、周囲はなかなか本当のことを言えません。
相手が立派な人であればあるほど、
長く貢献してきた人であればあるほど、
「もう少し役割を変えた方がいいのではないか」
「今までと同じ形では難しいのではないか」
とは言いにくいものです。
遠慮が生まれる。
気を遣う。
傷つけたくないと思う。
しかし、その遠慮が続くと、本人にとっても、支える人にとっても苦しくなるのだと思います。
私はこの回を読んで、これは決して高齢者を責める話ではないと感じました。
むしろ、老いても尊厳を失わずに、役割を手放すにはどうすればよいかを考える回なのだと思いました。
引退や役割の縮小というと、どこか「敗北」のように感じてしまうことがあります。
でも、本当はそうではないのかもしれません。
それは、次の世代に安全にバトンを渡すこと。
自分が築いてきたものを、より良い形でつないでいくこと。
そして、自分自身も無理を重ねすぎず、新しい役割のあり方へ移っていくこと。
そう考えれば、引き際とは「終わり」ではなく、役割の形を変える選択なのかもしれません。
御法川先生の姿を通して、私はあらためて、人に必要とされたいという気持ちは、年齢を重ねても変わらないのだと感じました。
誰かの役に立ちたい。
まだ必要だと思われたい。
自分の存在に意味を感じたい。
それは年齢に関係なく、人が持ち続ける自然な願いなのだと思います。
一方で、必要とされ続けるためには、同じ形で働き続けることだけが答えではないのだとも感じました。
経験を伝える。
後進を育てる。
見守る。
助言する。
現場の最前線に立つのではなく、少し引いた位置から支える。
そうした関わり方もまた、とても大切な役割です。
老いとは、能力がなくなることではなく、役割の形を変えていく時期なのかもしれません。
この回を読むと、人生後半の働き方や社会参加について、
「いつまで働くか」だけでなく、
「どのように役割を変えていくか」
を考えることが大切なのだと感じます。
終活というと、どうしても財産や医療の希望、介護の備えに目が向きがちです。
もちろんそれらは大切です。
けれど同じくらい、
自分の役割をどう手放すか、
どんな形で社会と関わり続けるか、
を考えることも、大切な終活なのではないでしょうか。
長く働いてきた人ほど、その準備は簡単ではありません。
しかし、だからこそ早めに考えておくことが意味を持つのだと思います。
私はこの回を読みながら、シニア世代にとっても、支える家族や職場にとっても、
「引き際をどう支えるか」
はとても大事なテーマだと感じました。
本人の誇りを傷つけずに、どう伝えるか。
無理を否定するのではなく、役割の変化をどう一緒に考えるか。
まだ必要とされたい気持ちを受け止めながら、どんな新しい関わり方を提案できるか。
そこに、家族や職場、社会の知恵が求められているのかもしれません。
みなさんは、人生後半の働き方や社会参加について、どのように考えるでしょうか。
「まだできる」と思う気持ちと、「少し役割を変えた方がいいかもしれない」という現実の間で、どんな向き合い方ができると思うでしょうか。
そして、自分がいつかその立場になった時、どのように役割を手放し、どのように社会とつながり続けたいと思うでしょうか。
『お別れホスピタル』は、看取りや病気だけでなく、
「老いても尊厳を失わずに、どう生き、どう役割を変えていくか」
という問いも、私たちに投げかけてくる作品なのだと思います。
読書会でも、
「引退は敗北なのか」
「役割を変えるとはどういうことか」
「人に必要とされたい気持ちと、現実をどう両立するか」
といったことを、安心して語り合えたらと思っています。
この記事を読んで頂き、読書会にもご興味を持って頂けると嬉しいです。
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