「この写真、誰?」と聞いた時、母は答えられなかった。実家のアルバムが「ただの紙」になる日
年末年始やお盆、実家に帰省したとき、ふと押し入れの整理をすることはありませんか?
そこで必ず出てくるのが、重たくて分厚い「貼り付け式のアルバム」です。
セピア色に変色したページをめくると、若き日の父と母が、知らない海辺で笑っています。
知らぬ人々と宴会をしている写真、立派な建物の前で誇らしげに立っている写真。
「懐かしいね」 最初はそう言いながらページをめくります。
でも、ふと思うのです。
「これ、どこだろう?」 「隣に写っているこの人、誰?」
■ 写真は「記憶」の鍵。でも、鍵穴は親の頭の中にしかない
「ねえ母さん、この写真の赤ちゃん、俺? それとも兄貴?」
そう聞いたとき、お母さんがすぐに答えてくれれば笑い話で済みます。
しかし、もしお母さんが写真をじっと見つめて、 「さあ.....誰だったかねぇ」 と、うつろな目で呟いたら。
その瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われるはずです。
その写真は、ついさっきまでは「家族の歴史」でした。
しかし、その背景にある物語(誰が、いつ、どこで、どんな想いで撮ったか)を語れる人がいなくなった瞬間、それは「ただの紙切れ」に変わってしまうのです。
■ 捨てられない、でも語れない「情報のゴミ」と化してしまったら...
実家の片付け(生前整理・遺品整理)で最も手が止まるのが、この写真の処分です。 燃えるゴミに出すのは忍びない。でも、誰だかわからない人の写真を保管しておくスペースもない。
多くの子供世代が、このジレンマに苦しみます。
そして結局、段ボール箱に詰め込んで、再び押し入れの奥へと封印してしまうのです。
「いつか整理しよう」
そう思っている間に、親の記憶は少しずつ、確実に薄れていきます。 認知症という霧は、足音もなくやってきます。
■ タイムリミットは、意外と近い
写真に残すべきは、画像そのものではありません。 その画像に紐づいた「エピソード」です。
-
なぜ、父はこの時こんなに笑っているのか?
-
この旅行の資金は、どうやって貯めたのか?
-
この写真を撮ったのは、誰なのか?
AI×自分史プロジェクトでは、写真を見ながら親御さんにインタビューを行うことも可能です。
「これ、どこ?」とインタビュアーが聞き、親御さんの回答をAIがその会話を拾い上げ、写真とセットで「物語」として記録します。
アルバムをめくりながらの昔話は、脳を活性化させる「回想法」としても非常に有効です。
親の記憶が鮮明なうちに、その「鍵穴」を開けて、物語を取り出しておきませんか?
次回は、帰省した際や「父の日」「母の日」、または、還暦、古希、喜寿、米寿などの節目の長寿のお祝いの会話が劇的に変わる、「スマホ世代のための、新しい親子の会話術」についてお話しします。
ただの天気の話は卒業して+αの会話で、笑顔の会話ができるようになりましょう。
自分史出版サービスの詳細についてはこちらから

投稿されたコメントはありません